「幼少期にポケモンにはまった人は、脳に「特化した領域」が出来ている:研究結果」の写真・リンク付きの記事はこちら

子どものころ熱心にポケモンをプレイした人たちは、数百種のポケモンを区別することに特化した独自の脳領域を発達させている──。そんな論文が、2019年5月に学術誌『Nature Human Behavior』に掲載された。

ヒトがさまざまな視覚刺激の情報処理に優れていることは、よく知られている。わたしたちは顔、単語、数、場所、色といった情報を、耳のすぐ裏の側頭葉にあるひとまとまりの脳領域で認識しているのだ。エンドウマメくらいのサイズの小さなニューロンの塊であるこの部位は、年齢や性別、人種に関係なく、ほとんどの人で同じ位置に現れる。

なかには「ジェニファー・アニストン・ニューロン」(あるいは「おばあちゃん細胞」)と呼ばれるものもある。これはカリフォルニア大学ロサンジェルス校の神経科学者が2005年の研究で発見したもので、その主な役割は、女優であるアニストンの姿を認識することだとされている。同様のニューロンが、ビル・クリントン元大統領、女優のジュリア・ロバーツやハル・ベリー、プロバスケットボール選手のコービー・ブライアントといった著名人に対しても存在するという。

「1990年代が実験の下準備をしてくれていた」

「ポケモン論文」の筆頭著者であるジェシー・ゴメスは、「このようなニューロンが脳のこの部分に存在する理由は、いまも謎なのです」と語る。ゴメスはカリフォルニア大学バークレー校の博士研究員で、実験当時はスタンフォード大学の大学院生だった。

この謎を解き明かし、いくつかの対立仮説のうちどれが正しいかを判断する方法のひとつは、幼少期に新たなタイプの視覚刺激に接した経験のある人たちを研究することだろう。もしこうした人々が、新たなカテゴリーの事象を認識するために特化した脳領域を発達させていたなら、脳がどのように自己組織化を行うかに関する有益な洞察が得られるはずである。

ただし、ひとつ問題がある。新たな視覚刺激が及ぼす効果を測定するには、実験準備に膨大な時間を費やす必要があるのだ。

しかし、「1990年代が、すでに下準備をしてくれている」ことにゴメスは気づいた。「わたしはポケモン世代です。このゲームでは何百種類もの似たようなキャラクターを区別することが、子どもたちにとってプラスに作用します」

さらに好都合なことに、ポケモンがプレイされる時期の多くは子ども時代で、脳の可塑性と経験への反応性がことさら強い「臨界期」にあたる。幼少期のゴメス自身のように、かつてポケモンに夢中になった人は、その経験に応じて新たな脳部位を発達させているかもしれないとゴメスは考えた。

そこでゴメスは、この仮説を検証するため、萌芽研究の助成金に応募した。

1/4幼少期に長時間ゲームをプレイすることで、キャラクターの識別に特化した新たな脳領域が発達したと考えられる。PHOTOGRAPH COURTESY OF YOUTUBE/STANFORD UNIVERSITY 2/4ポケモンは非常に小さいため、それを見たときの視覚的インプットは網膜の中心部のごく一部だけを刺激する。このことが脳内の情報の送り先に影響を与えるようだ。PHOTOGRAPH COURTESY OF YOUTUBE/STANFORD UNIVERSITY 3/4研究者ジェシー・ゴメスと、任天堂ゲームボーイでポケモンをプレイする子ども。PHOTOGRAPH COURTESY OF YOUTUBE/STANFORD UNIVERSITY 4/4実験参加者はfMRIの中で、数百種のポケモンのなかからランダムに画像を提示された。PHOTOGRAPH COURTESY OF YOUTUBE/STANFORD UNIVERSITY ポケモン識別の脳領域をもつ達人たち

ゴメスの指導教官でスタンフォード大学の心理学教授であるカラニット・グリル=スペクターは、当初この実験計画に懐疑的だった。

「子どものころに1日数時間ゲームをしたくらいで、脳内に新たな対応関係ができるだろうかと、疑問に思いました」と、グリル=スペクターは言う。「脳表現のなかには、例えば単語のように明らかに子ども時代の学習に由来するものもあります。しかしこうした学習は、1日に何時間も、幼少期から大人になるまでずっと刺激を経験し続けることで起きるものです」

グリル=スペクターは、疑念が解消された理由をふたつ挙げた。ひとつは、白黒のピクセルで描かれたポケモンを実際に見て、このゲームが確かに「子どもにとって独特かつ一貫した視覚経験」になり、脳の発達に関する仮説を検証するうえで十分であると納得したことだ。

もうひとつは、脳スキャンだ。助成金を獲得したゴメスは、最初の脳スキャンの結果をグリル=スペクターに見せた。参加者たちはみな、子どものころに毎日何時間もポケモンをプレイしていた人々である。「どの画像でも、ポケモンのキャラクターに反応する明確な活動パターンが、脳の同じくらいの領域にみられました」と、グリル=スペクターは言う。

ゴメスは実験にあたり、「ポケモンマスター」11人(平均年齢29.5歳)と、ポケモンをプレイしたことのない対照群11人を集めた。参加者たちに、fMRIのなかで人の顔、動物、漫画、身体、単語、クルマ、通路、ポケモンの画像を提示したところ、達人たちはポケモンのキャラクターに対して対照群よりも強い反応を示したという。

ゴメスらがこのデータを分析したところ、仮説の通り、ポケモンプレーヤーはみな脳の同じ領域に、キャラクターを識別することに特化した新たな部位をもっていたのだ。

子どもに悪影響を与えるわけではない

ゴメスによれば、この結果は「偏心バイアス(eccentricity bias)」と呼ばれる理論を裏付けるものだという。これは視覚刺激をどう見るか(中心視野と周辺視野のどちらを使うか)、対象物が視野のどれだけの割合を占めるかが、その対象物に特化した脳領域の配置を決定するというものだ。

「ポケモンは非常に小さく、プレイ中はほぼずっと中心視野にあるので、見ているあいだ網膜中心部の狭い領域に収まります。人の顔はポケモンより少し大きいので、網膜中心部のやや大きい面積を占めるのです。風景は、わたしたちがその中を移動しながら見るものであり、非常に大きく、周辺視野まで広がっています」。つまり刺激のタイプによって、脳内の少しずつ異なる位置に情報が送られるのだ。

「わたしたちの脳は、これまで考えられていた以上に特定の対象物に特化した脳領域を発達させているというのが、今回の発見です」と、ゴメスは言う。「わたしたちを制約するのは脳そのものではなく、子ども時代にどれだけ多くの経験をできるかなのです」

ゲームが子どもの脳を「再配線」することを心配する親たちのために補足しておくと、ゴメスいわく、それなりの時間を費やした経験は何であっても脳に影響を与えるという。脳は新たな経験、特に幼少期の経験に対応して変化・適応できるように設計されているのだ。

「わたしが脳スキャンをしたポケモンプレーヤーのほとんどは、博士号をもっていたり、グーグルなどの大企業で働いたりしていました。ポケモンで遊ぶことに何らかの副作用があるという証拠はありません。みんなそれぞれに成功しています」とゴメスは語っている。