リニモで女児が車両とホームドアの間に取り残されるという事故が起きた(写真:いお/PIXTA)

8月3日、名古屋市のリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)藤が丘駅で、母親に続いて列車に乗ろうとした5歳の女児が、車両とホームドアの間に取り残され、列車が出発した後にホームから転落した。

駅員が転落に気づいて非常停止ボタンを押して救出し、幸い大きなケガはなかったようである。リニモは車両が磁力で浮き上がって走行する鉄道で、運転士が乗務しない無人自動運転(地下区間のみ異常時の避難誘導に備えて係員が添乗)、すべての駅にホームドアが設置されている。

隙間が広いと人が取り残される危険も

エレベータのように、動く側と地上側のドアの隙間がほぼゼロであれば、そこに人が取り残される可能性はない。


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しかし、鉄道の場合は走行する車両が動揺するため、ある程度の隙間を確保して接触を回避する必要があり、その隙間が広いと人が取り残される可能性が出てくる。

そこでホームドアの戸先下部車両側に板を設け、人が挟まれた場合はドアが閉まらないようにしたり、センサーを設けて人が取り残されたことを検知したりするようにしている。

今回の事故は、戸先下部の板と車両の隙間がかなりあって、女児の脚がその隙間を通ってしまったものと思われる。なお、本文中で“メトロ”という言葉が何回も出てくるが、海外の鉄道の場合は必ずしも地下鉄という意味ではなく、都市鉄道を意味するものとご理解いただきたい。

今回事故が発生したリニモ藤が丘駅のホームドアは、車両との隙間が約35cmあるという。


東京メトロでは車両とホームドアの間に隙間がある(総合研修訓練センターで尾形文繁撮影)


シンガポールメトロ南北線ホームドアの隙間 (筆者撮影)

一例として東京メトロの例を挙げる。東京メトロでは、駅ホームの構造にもよるが、どの駅でも車両とホームドアの間にはある程度の隙間がある。

しかし、東京メトロのホームドアには、赤外線を用いて人が取り残されたことを検知するセンサーが設置されている。

一方シンガポールメトロは、車両との隙間が最も狭い下部で10cm未満、ホームドアの下部は三角形に張り出していて、人が取り残されると物理的に閉まらないようになっている。

筆者は4年前からインドに住み、建設中のメトロの車両コンサルタントとして仕事をしている。インドをはじめ海外のメトロのホームドアを見る機会も少なくないが、車両とホームドアの隙間が日本ほど広いところは見た記憶がない。

エレベーター並みの隙間も

どこも可能な限り車両に接近してホームドアを設置し、人が取り残される空間ができないようにしている。


香港メトロ空港線ホームドアの隙間 車両側はプラグドア (筆者撮影)

香港メトロ空港線では、車両側がプラグドア(戸袋がなく外へ飛び出て開くドア)ということもあるが、エレベータ並みの隙間である。

車両と地上の建造物が接触しないよう、車両断面の最大を示したものを車両限界、建造物断面の最小を示したものを建築限界という。地上の建造物は地震や樹木などを除けば動揺することはなく、建築限界は一義的に決まる。

一方、車両は動揺したり外力で傾いたりするので、車両限界は静的な限界か動的な要素を含んだ限界かで定義が違ってくる。日本で車両限界といえば前者、静的な限界を指す。なお、車両限界・建築限界とも直線上での定義であり、曲線による横方向の張り出しは別途修正する。

ホームドアは、建築限界をそのまま適用すると車両との隙間が広くなりすぎるので、車両限界に近付けることが許されている。


日本の車両限界と建築限界の概念図(出所:鉄道総研報告2011年1月号)

しかし、日本の車両限界はあくまで静的なもので、動揺などでどれだけはみ出すかは数値化されていないため、ぎりぎりまで車両限界に近付けることはできず、経験上絶対にぶつからない位置までしか寄せることができない。日本の車両とホームドアの隙間が広い根本的な理由はそれである。

一方、海外における車両限界の定義は、日本のような静的な車両限界ではなく、動的な車両限界“Kinematic Envelope”、車両の動揺や横風など外力による傾きを含め、すべての悪条件を考慮した限界である。

したがってホームドアの設置位置は、その動的な車両限界に軌道狂いの許容値を足した位置まで、ぎりぎり近付けることが可能である。車両の動揺を数値化せず、どんぶり勘定で数十cmの余裕を設けるという日本の方法が、鉄道先進国にふさわしい方法と言えるのか問題提起したい。

海外と日本ではホームドアの高さが違う

ホームドアには天井に達するフルハイト(日本は換気のため欄間の部分が開いている)のものと、半分のハーフハイトもの(日本では可動式ホーム柵と呼んでいる)がある。


デリーメトロ・イエローラインのハーフハイトのホームドア(筆者撮影)

日本はハーフハイトが圧倒的に多く、海外はフルハイトが多いが、日本と海外のハーフハイトを比較して感じるのは高さの違いである。日本は胸の高さだが海外は目の高さが一般的である。日本ではドアの上から手や顔を出したり、乗り越えて線路上に飛び降りて自殺したりした例もあるが、目の高さならそれらに対する防止効果が高い。

日本のハーフハイトの高さが低い理由はいろいろあって、車両との隙間が広いことも理由の1つだが、日本では既存のホームにドアを設置するケースが多く、補強工事を施す必要があることが大きな理由である。すなわち、ホーム上の群衆がドアを押しても倒壊しないためには、高さが低い方が梃子の原理で基礎にかかる力が少なく、早期普及を図るためには高さで妥協して補強工事を簡単にする必要があったわけである。

また、車掌が乗務する日本の特殊事情(海外のメトロはワンマン運転が一般的)も関係し、車掌に目視でのホーム監視を義務付けると、ホームドアは高くできない。

本稿は車両とホームドアの隙間が広すぎることに問題提起しているわけだが、広いことにまったく意味がないわけではない。


北京メトロ7号線のフルハイトのホームドア(筆者撮影)

例えば、列車が走行中に火災が発生し次の駅で乗客の避難が必要な場合、停止位置がホームドアとずれると避難できなくなる。その際、車両とホームドアに30cm程度の隙間があれば、辛うじて避難することが可能である。

実際はセンサーの支柱が邪魔をして通りにくいので、それを目的に隙間を作ったとは考えにくいが、最悪の場合の逃げ道としては有効である。

車両とホームドアの隙間が狭い海外の場合、従来はその点に配慮しないもの(エレベータと同じ)が多かったが、最近は北京メトロ7号線のように戸袋部分を開くことが可能な構造になりつつある。デリーメトロのハーフハイトのドアも、戸袋に挟まれた部分を開いて避難可能である。日本でも最近は避難可能な構造にした例があるが、ほとんどは戸袋部分が固定で隙間を通らないと避難できない。隙間を狭くする議論においては、この点も十分に検討する必要がある。

従来のやり方がすべてと思ったら進歩がない

筆者は海外鉄道コンサルタントという立場上、日本と海外のシステムを比較する機会が多いが、単純に日本は遅れているから海外を見習えなどと主張する気は毛頭ない。筆者の持論は“鉄道は土着の交通機関”であり、それぞれの鉄道は環境や背景が違っているので、ほかの地域の成功例を採用するには注意が必要である。日本のシステムを海外に持ち込む場合もそうであるし、その逆もしかりである。

車掌が乗務し、空調がない時代の窓が開く電車が走る日本の場合、海外の新しいメトロと同じ方法を持ち込むことはできない状況にある。しかし、それらが変化していく中で、従来のやり方がすべてだと思って改善しないのでは進歩がない。今回の事故を契機に、ホームドアのあるべき姿を再検討すべきではないだろうか。