投手の過剰投球に関する議論が盛り上がっている(写真:s_fukumura/PIXTA)

甲子園に出場する投手が、過剰な投球数によってひじや肩を壊してしまう問題。これまでもたびたび指摘されてきたが、今年の甲子園(第101回全国高等学校野球選手権大会)では、例年以上に過剰投球に関する議論が盛り上がっている。

7月に行われた岩手県大会では、U18日本代表の合宿で高校生歴代最速となる163km/hを記録した大船渡高校・佐々木朗希投手が決勝戦に登板せず、2-12で花巻東高校に大敗した。すでに佐々木投手はこの大会期間中435球を投げており、故障を懸念した國保陽平監督の判断だった。しかし、「勝利(甲子園出場)」と「投手が故障するかもしれないリスク」をめぐって賛否両論を巻き起こした。

今年4月には日本高野連(日本高等学校野球連盟)が「投手の障害予防に関する有識者会議」を設置した。大会終盤の数日間など、一定の期間における投球数制限が秋に提出予定の提言に盛り込まれると報じられている。スポーツ庁の鈴木大地長官も東洋経済オンラインの取材に応じ、「高校野球も新しい時代に対応して変わっていくべき」との見解を示した(『鈴木大地スポ庁長官が語る「高校野球」の未来』2019年06月29日配信)。

では、実際に甲子園で熱投した投手たちはどれだけの「過剰投球」をしているのか。大会通算の投球数や試合ごとの投球数は報じられてきたものの、それがどの程度多いのかはあまり共有されてこなかった。そこで本記事では比較対象として、アメリカにおける青少年向け投球ガイドライン「Pitch Smart(ピッチスマート)」を一部抜粋して試算したい。

アメリカの投球ガイドライン「ピッチスマート」

ピッチスマートとは、2014年にメジャーリーグが医師などの専門家の意見も取り入れ発表した、アメリカにおける投球制限のガイドラインだ。

投球数や休養日などの制限が2〜3歳ごとに細かく分かれており、15―18歳向けなら「12カ月の間に100イニング以上投げてはならない」「投球数にかかわらず、同じピッチャーが3日以上連続で登板してはいけない」といった具体的なものから「その他の疲労の兆候を見逃さないようにする」といった指針まで網羅されている。

今回は「甲子園投手がどれだけ過剰な投球をしているか」を試算するため、このピッチスマートから「1日あたりの投球数」および「休養日(登板間隔)」の制限を抜粋し、過去の主要な甲子園投手に適用。1枚のインフォグラフィックにまとめた。


2000年以降の甲子園において大会通算投球数の多かった主な投手について、ピッチスマートの投球制限を適用したらどうなるかを試算したインフォグラフィック。画像のダウンロード・シェアはこちら(リンクが開けない場合は東洋経済オンラインのオリジナルサイトをご覧ください)。

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ピッチスマートでは、17―18歳の場合、1日の投球数は最大105球。これに加えて、81球以上投げた場合は中4日以上の休養を設けなければならない。例えば、ある投手が甲子園で120球を2日連続で投げたとする。まず1日目は105球制限にかかるため、差し引き15球が1日あたり投球数制限に抵触。2日目の120球は丸ごと休養日制限に抵触する。このような計算方法で、各選手の試合別投球数から投球制限を試算した。


15―18歳の1日あたり投球数制限・休養日制限(ピッチスマートのウェブサイトより)

「制限内」は必ずしも「投げてもよい」ではない

この試算はあくまでも1日投球数と休養日の制限を適用したものであるため、白で示した「制限内」の球数が必ずしも「投げてもよい」分でないことには注意が必要だ。例えば先に挙げたピッチスマートの年間100イニング制限などは考慮していない。

また済美の安樂智大投手(2013年・春)と前橋育英の高橋光成投手(2013年・夏)は大会当時16歳だったため、ピッチスマートの投球数制限も15―16歳向けを適用している。

インフォグラフィックを見ると、いずれの投手も「過剰」な投球、つまりピッチスマートを適用した場合の制限を超える投球をしていることがわかる。

「そもそも投球数は過剰ではない」とする意見も一部では報じられているが、少なくともピッチスマートの試算を当てはめて考えると、甲子園投手たち、とくに決勝に進出した投手たちが健康被害を受けうる基準を大幅に超過して登板していることは明らかだ。

2000年以降、大会通算投球数が最も多かったのは早稲田実業の斎藤佑樹投手(2006年・夏)。同じく2006年の駒大苫小牧・田中将大投手と決勝で壮絶な投げ合いを見せ、斎藤投手は決勝再試合も含めて7試合、948球をほぼ1人で投げ抜いた。

ピッチスマートを適用すると、まず8月6日の1回戦(対・鶴崎工業)、12日の2回戦(対・大阪桐蔭)はそれぞれ126球、133球投げているので1日あたり制限に抵触し、105球ずつ。試合の間は5日間あるので休養日制限にはかからない。16日の3回戦(対・福井商業)は中4日の休養日制限のため登板できず、18日の準々決勝(対・日大山形)で再び登板。その後は休養日制限があるので準決勝、決勝、決勝再試合とも登板しない計算になる。

結果として、制限内が315球(1日の最大投球数105球を3日分)、1日制限に抵触するのが88球、休養日制限にかかるのが545球(計4日分)。


1日あたり制限よりも休養日の設定が重要

同様にほかの投手も見ていくと、1日あたり制限よりも休養日制限にかかる球のほうが多いことがわかる。安樂投手は1日制限を超えた分も多い。初戦の対広陵で延長13回、232球を投げるなどして1日制限を大きく超えた。

大会の前半は参加チーム数も多いため、試合の間隔が数日から1週間近く空くこともある。しかし後半戦はチーム数も少なくなり、過密なスケジュールとなるため、十分な休養を取ることができないまま連投するケースが散見される。

通算投球数2位、金足農業の吉田輝星投手(2018年・夏)の例でいうと、8月17日から21日までのわずか5日間に3回戦から決勝まで4試合、計570球を投げている。吉田投手は地方大会からも1人で投げ抜いており、決勝戦では大阪桐蔭の打線を前に疲労が限界を超え、打ち込まれたことは記憶に新しい。

投手の疲労や故障を防止するためには、まず過密な日程に手を入れることが必要だ。すでに高野連では今年(2019年)の大会にて決勝戦の前に新たに休養日を設けるなど、少しずつではあるが対策を進めつつある。先に挙げた有識者会議の提言が正式に発表されれば、さらに議論は進むだろう。

加えて、夏の甲子園には過剰な投球数だけでなく、酷暑による熱中症の懸念も指摘されている。甲子園に出場する選手たちは将来の日本を代表する「野球選手」になりうる存在だが、学業を本分とする未成年の「生徒」でもある。健康被害を防ぐ観点から対策は急務だろう。