バルセロナのカンテラ(下部組織)で育った久保建英が、レアル・マドリーへの移籍を決めたというニュースが流れたのが6月14日。それから、ちょうど1か月後の7月14日、安部裕葵がバルセロナのエル・プラット空港に降り立った。バルサと鹿島アントラーズの間で、安部の移籍が合意に達したためだった。

 マドリーの久保も、バルサの安部も、まずはBチームで研鑽を積むことになるだろう。だが、トップチームのプレシーズンツアーに帯同していることもあり、ふたりの名前は、たしかにスペインのメディアでも連日のように取り上げられてはいる。

 だが、日本での報道のされ方とは、いささか温度差があるように思う。ふたりが登場するのは、新聞で言えば稀に1面に載っても扱いは極めて小さく、ほとんどが2面以降で、それも数行だったりする。その記事が日本で取り上げられると、まるでふたりが一面やテレビで大きく扱われたかのように誇張されていることが少なくないのだ。

 ただ、スペインに住む人間としてこれだけは言っておきたいのは、久保が注目されているのは、「日本人だから」という理由ではない、ということだ。
 
 周知の通り、自前のカンテラで育った才能豊かな逸材を、バルサはつなぎ止めることができなかった。そのうえ久保が、宿敵マドリーに入団するという、ドラマチックかつ、ドライなプロ的な選択をしたことに関心が集まったのだ。

 安部はそれとは正反対で、メディアもまったくのノーマークだったゆえに、久保を逃したバルサが急遽、「穴埋め」を探したという印象を与えているのは否めない。その意味では、安部の場合は、「日本人」ということを意識して獲得したと周囲は見ている。

だが、クラブはそういった見方に反論する。元ドリームチームの一員で、カンテラのスタッフとして働いているホセ・マリア・バケーロは、「何年も前から、安部を追っていたし、これは私のゴリ推して獲ったようなものだ。1対1に強くスピードもあり、バルサで活躍できるポテンシャルを持った選手だと思う。だから、ここにいるんだ」とコメント。彼の声はバルサの“公式見解”と言ってもいい。
 久保と安部、とりわけ前者が日本人初のトップチーム昇格を果たすのではないか、という声があちこちからあがっている。もちろん、それが最大の目標になるのだが、マドリーとバルサのBチームが属している2部B(実質3部)とラ・リーガの1部には、大きな隔たりがあることも忘れてはならない。
 
「世界でいちばん高い壁は、プロとアマチュアの壁だ」という言葉があるように。アマチュアやセミプロの選手も少なくない2部Bは、1部とは大きな差がある。会場となるのは、天然芝のグランドばかりではない。汚いタックルも日常茶飯事だ。そんな過酷な環境で、負傷をせずに、結果を出して初めて、次のステップが開かれる。
 
 現地メディアも、その過酷さがわかっているからこそ、ふたりに関して、過熱な報道は行なっていないし、ファンも過剰な期待はしていない。
 
 例えば、昨夏のプレシーズンマッチで鮮烈なインパクトを残し、「イニエスタの後継者」と持て囃され、トップデビューを飾ったリキ・プッチも、新シーズンはバルサBのキャプテンに任命され、現時点ではトップチームには登録されていない。
 
 もっとも、この現実をいちばん肌で実感しているのは、本人たちだろう。日本メディアの“はしゃぎっぷり”とは対照的に、ふたりは冷静さを保っている。個人的には、その振る舞いに期待が持てる。要求されているのは、結局、ピッチで結果が出せるかどうか。そして、それが何よりも難しいのだ。
 
「トップチームでやれるかは、わからない。だが、バルサBでやれる実力があるから、アベはここにいる」と、バルサBのガルシア・ピミエンタ監督は語った。この言葉は、久保にも当てはまるだろう。18歳の選手がトップチームに所属できないという法律など、存在しないのだから。
 
 相応しいという判断があったからこそ、ふたりには、マドリーとバルサという新たな場所が与えられた。そして、プレーするのはおそらくBチームだ。そこが本当に、実力に適した場所なのか。それこそが、久保と安部が証明していかなければならないミッションだ。
 
文●山本美智子