文在寅、慰安婦、徴用工……「反日」ばかりじゃない。98歳の韓国軍人と日本を繋ぐ物語 から続く

【写真】韓国の金浦空港に着陸した日航機よど号

 冷戦構造崩壊に伴い、私が防衛駐在官として勤務していた1990年〜1993年までの間、韓国はソ連(ロシア)、次いで中国と国交を樹立した。このような戦略環境の中で、韓国政府・国防部首脳の中には、従来のアメリカ一辺倒の安全保障戦略を見直し、「米国離れ」を模索し始める動きもあったが、白善菀(ペク・ソニョップ)大将はこのような動きには極めて批判的であった。


白善菀(ペク・ソニョップ)退役大将 ©文藝春秋

「福山さん、私のように米国と共に朝鮮戦争を戦い、その後も韓米安全保障関係の強化に尽力して来た者は、韓米安保関係が韓国の生存にとって何ものにも代え難い程重要であることを身に染みて理解している。韓米安保関係は、国防のみならず、政治・経済などにとっても計り知れないほどヴァイタル(生命)である。朝鮮戦争をよく知らない世代になると、このことを良く理解出来ない者が増え、行く末が心配だ」

反米路線に進み始めた韓国

 白大将の心配は的中した。その後、2003年には盧武鉉政権が誕生し、反米的な政策が浸透した。2017年に発足した文在寅政権が盧武鉉政権の流れを汲んでいることは、言うまでもない。

 これは我々にとっても他人事ではない。白大将が指摘された「韓米関係の重要性」を「日米関係の重要性」に置き換えれば、日本にとっても至言と言うべきであろう。中国が台頭する中で、今こそ日米関係の重要性を再認識すべき時が来ている。

陸上自衛隊がもっともお世話になっている外国軍人

 白大将は、韓国陸軍の最長老で、親米・知米派の重鎮と目される。盧武鉉政権がアメリカから距離を置き始める中、2005年、ブッシュ政権はわざわざ在韓米軍司令官ラポート大将のエスコートで白大将をワシントンに招き、改めて最高の勲章を授与したという。

 また、白大将は、韓米関係のみならず、反日感情の強い韓国にあって、日韓関係の重要性を誰よりも良く認識しておられる方である。

 白大将には、御多忙の合間を縫って、陸上自衛隊幹部学校や富士学校などで活発に講演などをしていただいた。また、自衛隊の各種学校の韓国研修の際は、朝鮮戦争の戦跡で、自らの戦争体験を淡々と語られ、戦場の実相と指揮・統率のあり方なども教育していただいた。陸上自衛隊にとっては、もっともお世話になっている外国軍人と言っていいだろう。

 私がソウルにいる時も、「福山さん、日本からお客様が来られているのでお食事でもしませんか」とたびたび御招きいただいた。実際に行って見ると、久留米の幹部候補学校生や防衛大学校の学生達と、まるで可愛い孫達と語らうが如く和気藹々と会食をしておられた。

政権内で日韓関係の重要性を説き続けた

 白大将の日韓関係強化への貢献は自衛隊関係だけに留まらない。

 白大将は現役時代から「日本との国交樹立と友好関係の必要性」を主張してきたが、1961年に駐仏大使として赴任すると、日本の政治家や外交官との交流を深めた。当時の韓国政府内部においては、依然として日本との国交回復に慎重なグループもいたが、白大将は日韓国交回復の重要性を熱心に説き続けた。同年に朴政権が誕生すると、これまで停滞していた日韓国交正常化交渉の再開に向け、陰で尽力された。

 朴大統領は朝鮮戦争のある戦闘で白大将に助けられ、それ以降、白大将を「命の恩人」と慕い、白大将の助言には謙虚に耳を傾けたといわれる。また、日韓交渉の韓国側の立役者であった金鍾泌氏は軍人時代、白大将の部下であった関係上、何かと白大将の助言を求めたと言われている。白大将は、朴正煕・金鍾泌という韓国の2人の首脳との人間関係をベースに、日韓関係の重要性を説き続けた。

 1965年に行われた英国チャーチル首相の国葬の際、白大将は駐仏韓国大使として日本大使とも協力しつつ、葬儀参列のため訪英した岸信介元総理と韓国の丁一権国務総理との、条約締結交渉に向けた予備交渉にも関わるなど、日韓国交正常化に裏方として尽力されたと聞いている。

「よど号」事件では人質救出のために……

 白大将は、日本赤軍がハイジャックした「よど号」事件の時は交通部長官として、日本人人質の救出に尽力された。当初、韓国側の事件対応方針は極めて強硬であったが、日本政府の「人質の人命尊重を第一に」という要望を承知すると、白大将は韓国政府内部を説得して強硬方針を転換させた。これまでの軍歴と高邁な人格をもって韓国軍・治安機関などを説得できるのは、白大将しかいなかった。

 また、日本側対策本部の金浦空港における現地対応に当たっては、陰日向となって日本側に協力し、当時の金山政英駐韓大使と塚本勝一防衛駐在官をはじめとする多くの日本人現地対策員に対し、電話などの連絡手段や対策室の提供、移動手段(車など)の支援といった便宜を計らい、事件の迅速で円満な解決に尽力された。

 韓国駐在は1993年までであったが、私は後任の駐在武官と協力し、白大将の叙勲を上申した。外務省からも強力に推薦していただき、後に実現した。また、1998年には、当時の藤縄祐爾陸上幕僚長が訪韓の折、白大将に対して直接感謝の言葉を述べられたとも聞いている。

 日韓関係は、目下、憎しみが憎しみを生む負のスパイラルにある。しかし、両国が相争っては、何の益も生まれない。私は現在の文在寅政権の対日政策には大いなる疑問を抱いているが、「大きな御恩を頂いた白大将の母国・韓国を憎むまい」といつも自戒しているつもりである。

 日韓関係が一日も早く、負のスパイラルから抜け出すことを念じてやまない。

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 福山隆氏も参加した「文藝春秋」4月号の座談会、「『日韓断交』完全シミュレーション」では、元韓国大使の寺田輝介氏、韓国富士ゼロックス元会長の高杉暢也氏、同志社大学教授の浅羽祐樹氏、産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が登場し、現実的な「日韓のあり方」を詳細に検討している。

(福山 隆/文藝春秋 2019年4月号)