by Zachary Appel

19世紀、オーストリアの司祭だったグレゴール・ヨハン・メンデルはエンドウマメの交配実験から、生き物が持つ形や性質が子孫に遺伝することを発見しました。それ以来、子孫に遺伝するのは「遺伝子」という形で生まれつきに持っている要素のみだといわれてきましたが、近年は親のストレスや記憶も遺伝する可能性が指摘されています。そんな中、Geisel School of Medicineの研究チームが新たに「親が後天的に得た経験も子どもに遺伝する」ことを示す実験結果を報告しています。

Transgenerational inheritance of ethanol preference is caused by maternal NPF repression | eLife

https://elifesciences.org/articles/45391

Study finds that parental 'memory' is inherited across generations

https://phys.org/news/2019-07-parental-memory-inherited.html

キイロショウジョウバエは、幼虫に寄生する寄生バチの存在を感知すると、エタノールを含む餌の周りに卵を産み付ける傾向があります。幼虫がエタノールを含んだ餌を食べて育つことで、寄生バチによって命を奪われにくくなるそうです。



by Archivos de Planeta Agronómico

研究チームは、「F0世代」となるキイロショウジョウバエのメス40匹とオス10匹、そしてメスの寄生バチ20匹を一緒に4日間飼育しました。同時に対照群として、同じ数と比率のキイロショウジョウバエを、寄生バチと一切触れさせずに飼育しました。

F0世代では、エタノールを含む基質に産み付けられていた卵は全体の94%。それに対して、寄生バチに脅かされなかった対照群では、エタノールを含む基質に産み付けられた卵は全体のおよそ20%でした。

そして研究チームは、F0世代の卵から生まれてきた「F1世代」を寄生バチに一切触れさせずに飼育しました。すると、寄生バチを知らないはずのF1世代が産んだ卵のうち、73%がエタノールを含む基質に産み付けられていました。この結果は「親であるF0世代が経験した寄生バチの脅威をF1世代が受け継いだことを意味している」と研究チームは述べています。



以下のグラフは、世代(横軸)ごとに、エタノールを含む基質に産み付けられた卵の割合(縦軸)を示したもの。青い棒グラフが寄生バチを知らない対照群の系統で、赤い棒グラフが寄生バチに脅かされたF0世代の系統です。エタノールを含む基質に卵を産み付けた割合は、対照群では世代を重ねても40%は超えていなかったのに対して、F0世代の系統では、世代を重ねるごとに減ってはいるものの、F4世代までは過半数の卵がエタノールを含む基質に産み付けられたことがわかります。



この結果から、「産卵におけるエタノール嗜好性」という後天的に獲得された形質が遺伝したことで、その子孫もまたエタノールを含む基質の上に卵を産み付けるようになったと研究チームは主張しています。

さらに研究チームは、キイロショウジョウバエの産卵でエタノールの嗜好性が促進されるのは、ハエの脳の特定領域において「神経ペプチドF」と呼ばれる物質の発現が抑制されていることが要因の1つだと突き止めました。



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論文の主執筆者を務めた博士課程のジュリアナ・ボズラー氏は実験の動機について「神経にコード化された行動は世代を超えて受け継がれるとは考えられていませんが、私たち研究チームは親の経験という『記憶』が環境的に誘発された改変によって受け継がれる可能性を検証したいと考えました」と述べました。

Geisel School of Medicineの分子生物学・システム生物学教授であるジョバンニ・ボスコ氏は「ボズラー氏らの研究結果は、キイロショウジョウバエの生物学やエピジェネティクスだけでなく、生物の遺伝の基本的なメカニズムも解明する可能性があります」と期待を寄せています。

また、ボスコ氏は「特に興味深いのは、ヒトにおける神経ペプチドFや神経ペプチドYなどのシグナル伝達機能の保存です。この実験結果で、薬物やアルコールへの依存などを経験した親が子に与える影響についてより深く洞察できるようになることを願っています」と語りました。