家畜伝染病「豚コレラ」の影響で、岐阜県内の銘柄豚が存続の危機に立たされている。発生前の半数近い豚が殺処分され、銘柄豚でも被害が発生。「付加価値を高め多くの銘柄豚を守ってきたが、農家は体力的にも精神的にも限界に近い」(県養豚協会)という深刻な状況だ。養豚農家や流通関係者らは長年かけて銘柄を育んできただけに、苦難の中でも「諦められない」と懸命な対策を進めている。

 専用飼料を使い「極上」「上」「中」に格付けするなど特定の要件を満たした豚肉「美濃ヘルシーポーク」。1990年から美濃地域の農家を中心にJA全農岐阜などと推進協議会を立ち上げてブランド化してきた、県を代表する銘柄豚の一つだ。

 本巣市で母豚60頭を飼育する川瀬英彰さん(55)は20年以上前から美濃ヘルシーポーク向けに出荷してきた。

 朝、夕と妻と2人で豚舎に向かう。畜舎は最新鋭で、付近にイノシシがいるような山はない。作業所にシャワールームを完備し、敷地内に他人は絶対に入れず外での荷受けを徹底。トラックなども洗浄し、できる限りの対策はするが、美濃ヘルシーポークを飼養してきた他の農家で発生しているだけに、感染の恐怖は拭えない。川瀬さんは「明日はわが身。殺処分した仲間の農家には掛ける言葉がない。自分の農場で発生した夢も2回見て、何でや、と思って目が覚めた」と漏らす。

 飼養に神経をとがらせなければならない上、種豚の確保の手間も増した。県外から仕入れてきた種豚は、感染イノシシが発見された場所を迂回(うかい)し、受け渡し場所までこれまでの3倍以上時間をかけて届けられる。さらに種豚を乗せた県外からのトラックは、豚コレラ感染対策として1週間休ませるための休業補償も、川瀬さんら農家が支払っているという。

 川瀬さんは「しんどくてもここで諦められない。自分でも、美濃ヘルシーポークの大ファンだから。さっぱりしていて柔らかく最高にうまい、この味を守りたい」と豚舎に向かう。仲間の経営再開のためにも、地域限定でワクチンを投与してほしいというのが、川瀬さんの願いだ。

2戸で発生 再起へ懸命


 県が開発した種豚「ボーノブラウン」と、専用飼料で飼養して特定の基準を満たした豚肉「ボーノポーク」。県の主要ブランド豚肉だ。7年前から生産者と流通関係者、川上から川下まで一体で販売戦略を仕掛けてきた。

 しかし、飼養する3戸のうち2戸で豚コレラが発生。推進協議会会長を務める「中濃ミート事業協同組合」代表の早瀬敦史さん(59)は「このまま続けば、ブランドを守れなくなる。生きた心地がしない」と訴える。霜降りの多い肉質で評価の高いボーノポーク。農家と早瀬さんや行政、試験場などが信頼関係を築き、苦労を乗り越えて築き上げたブランド肉だ。11月には供給量は回復するものの、夏には一時的に出荷量がゼロになる見込みだ。

 ただ、県内ではボーノポークのハム工場を建設する予定もあり、経営再開を模索する若手生産者もいる。「ボーノポークはかけがえのない財産。買ってくれではなく、ぜひ欲しいと言われる豚肉だ。感染しても何とか再開しようと衛生対策をやり尽くす農家の思いを知っている。きれいごとは言えないが、絶対、諦められない」と早瀬さん。流通業者として消毒など衛生管理に神経をとがらせ、農家と共に対策を考える。農家以外にも消毒対策などを支援するよう国への要望も続けている。

 県養豚協会は「清流の国岐阜県産ポーク」として、ボーノポークや美濃ヘルシーポークなど豚肉11銘柄を県内各地で仕掛けてきた。11銘柄のうち7銘柄で豚コレラが発生。個人で登録した銘柄豚もあり、現状、2銘柄が生産できていない状況だ。同協会は「岐阜県は規模は大きくはないが、ブランドを基軸に販売戦略を仕掛けてきた産地だ」と説明する。

 しかし、豚コレラが発生して10カ月がたつ中、養豚農家の疲弊が深刻だという。「衛生管理に向けた対策への金銭的、時間的投資は増える一方。極度の緊張感が続き、残る農家はぎりぎりの状況での経営を強いられている」と危機的な状況を訴える。