「アマゾンで取り寄せ、自宅で試着し、気に入った服だけ買う」という人が、今後ますます増えていくという(画像:Ushico/PIXTA)

昨今、アパレル業界を取り巻く論調は厳しく、「若者のファッション離れ」や「服が売れない」といった悲観的な言葉がメディアを賑わせている。

しかし、2018年10月、繊研新聞社の発表によると、2017年国内衣料品の市場規模は9兆7500億円となり、前年比1.1%ながら微増となった。服は売れているところでは売れているのだ。ではいったい、アパレル業界では、何が起こっているのだろうか。

『2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日』を上梓した福田稔氏が、巨大企業アマゾンの今と日本企業の向き合い方について解説する。

不況の中で積極投資するアマゾン

日本では「アパレル不況」が叫ばれて久しい。

大手アパレルの店舗・ブランド削減、百貨店アパレルの苦戦など、ネガティブなニュースが相次いでいる。現在アパレル業界に関わっている人、アパレル業界を目指す人にとっては、非常に暗い話題ばかりだ。


しかしその一方で、アパレル市場を「ビジネスチャンス」ととらえ、積極投資をしている企業もある。それが、アマゾンだ。

日本には未参入だが、アメリカでは、すでに衣料品分野で60以上のプライベートブランドを所有している。下着やドレス、シャツ、スポーツウェア、子ども服など、ターゲットのニーズや年齢層、価格帯に合わせてブランドを展開し、急速に業績を伸ばしている。

アメリカの調査会社コーエン社によれば、アメリカのアパレル市場におけるアマゾンのシェアは、2016年の6.6%から、2021年には16.2%に拡大する見込みだ。売り上げベースで概算すると、5年間で約2.3兆円から約6.5兆円にまで拡大する計算だ。

では、なぜアパレル業界でアマゾンはこれだけ成長しているのだろうか。

アメリカでは、アマゾンは「総合系プラットフォーマー」としての覇権争いに勝利し、すでに一強状態となっている。EC全体の物販ベースにおけるシェアは実に3割を超えており、ほとんどのアメリカ人がECでモノを買う際、アマゾンを利用している状況だ。

したがって、価格帯を問わずほとんどのアパレルブランドが自社サイトだけでなく、アマゾンでも販売していることがまず大きい。

このような状況に加えて、アメリカのアパレル販売においてアマゾンの今後の成長が見込まれる理由はさらに2つある。

アパレルでもアマゾンが最強な2つの理由

理由1:蓄積した膨大なデータを「価値」に変えている

アマゾンは、ECの購買履歴に加え、「プライムワードローブ」や「エコールック」といったテクノロジーを活用した新サービスを利用して、膨大なデータを集めている。

「プライムワードローブ」は有料のプライム会員が対象で、購入前の服を自宅で試着できるサービスだ。

まず、アマゾンのファッションカテゴリーにある商品から2点以上を選択すると、専用ボックスで商品が配送される。ユーザーは1週間自由に試着し、気に入らないものは同じボックスに入れて返送する。返送料は無料で、気に入った商品はそのまま購入できる。2018年、アメリカに続き日本でもついに導入され、今後浸透が進むだろう。

このサービスによって、アマゾンは、例えば20代ニューヨーク在住の女性がどんな服を気に入り、逆にどんな服を気に入らずに返品しているのかがわかる。アメリカのプライム会員は1億人を超えているので、まさに全米の売れ筋や返品情報が日々蓄積されていることになる。

アマゾンは、これらの情報や過去の購買履歴情報を活用し、ユーザーへのレコメンデーション機能を日々改善している。前述したニューヨーク在住の20代女性のアマゾンページでは、ビッグデータに基づく精度の高い「オススメ」が毎日かわるがわる表示されるのだ。

また、アマゾンは大ヒット商品の音声AIスピーカー、アマゾンエコーの別モデルとして、「エコールック」を発売している。

「エコールック」には、音声AIスピーカーとしての機能に加え、自撮り用のカメラ機能がついている。そのカメラ機能を使うと、簡単に全身撮影が可能だ。背景のぼかしやピント調整もすべて自動でやってくれるので、ユーザーはストレスフリーで全身が入ったベストショットを撮れる。

撮影した写真を自らのSNSに投稿したり眺めたりするだけでなく、「スタイルチェック」という専用のアプリを使えば、撮影した写真をもとにAIによるコーディネートアドバイスや提案を受けられる。

この「エコールック」を通じて、アマゾンは画像情報を蓄積可能だ。そこには、「コーディネート」「カラー」「素材」「シルエット」などファッションビジネスに役立つさまざまなトレンド情報がたくさん含まれている。

このように、アマゾンは一連のサービスを通じて現在膨大なファッション関連データを蓄積している。近い将来、これらのビッグデータに基づいたさまざまな価値あるサービスが生み出されるだろう。

例えば、ユーザーの好みに応じて、季節ごとに「プライムワードローブ」が提案アイテムを送ってきたり、「エコールック」のAIコンシェルジュと相談したアイテムを、「プライムワードローブ」ですぐに試着できたりするようになるかもしれない。

蓄積された購買履歴は、そのまま消費者のクローゼットとなり、アプリやエコールックから過去に買ったアイテムを使ったコーディネート提案がされるかもしれない。消費者のワードローブ管理を、すべてアマゾンが担う時代が実現されつつあるのだ。

理由2:ナマの情報を活かしたプライベートブランド

冒頭でも簡単に触れたが、アマゾンのアパレル売り上げが拡大する2つめの理由が「プライベートブランド(以下、PB)」だ。

日本には未参入だが、アメリカでは、すでに衣料品分野で60以上のPBを立ち上げている。この中でアマゾンの名前がブランド名に入っているものは「アマゾン・エッセンシャルズ」だけだ。そのほかは、ぱっと見ではアマゾンのPBであることはわからない。

商品の詳細をクリックすると「An Amazon Brand」と書いてあることから、PBと判別することができるが、PBであることを知らずに買っている消費者も多い。

アマゾンは各PBにおいて、ブランドのポジショニングやターゲットに応じたブランディングを行っている。モデルや画像デザインをPBごとに変え、ユーザーはあたかも普通のアパレルブランドのような印象を受ける。

売り上げは、2017年で数十億円と推測されているが、2016年に立ち上げたばかりなので成長率はかなりのものだ。

なかでも「Lark&Ro」というレディースのキャリア向け中価格帯ブランドが好調で、現在売り上げの約3分の1を占めている。ユーザーレビューによると、コストパフォーマンスや着回しのよさが評価されている。

筆者は、実際にアマゾンのPB商品を購入してみたが、正直、現時点の商品のレベルは決して高いとはいえない。

コストパフォーマンス・質・デザイン性などにおいて、ベンチマークとなるグローバルSPAのブランドと比較しても、まだ勝てるレベルにはないと思う。

しかしながら、「なんだこんなものか」とタカをくくっていると、数年後には状況がまったく変わってしまうと筆者は考えている。

アマゾンは今後、現在蓄積しているビッグデータをPBの開発に活かしてくるであろう。

前述したように、全米のファッションに関わる情報はアマゾンに集約されつつある。このビッグデータを企画・開発に落とし込めればユーザーの好みにぴったりの商品を創ることはたやすい。

さらには、PBでマス・カスタマイゼーション(参考:「ゾゾスーツ=失敗」と考える人によくある盲点)を行う可能性も高い。多民族国家のアメリカは、体型や色をはじめとして人のばらつきが大きく、衣服に対して岩盤のカスタマイズニーズがある。このニーズを取り込むことができれば、大きなビジネスになることは間違いない。

実際、アマゾンはこれまでの服づくりとは異なる、自動化が進んだマス・カスタマイゼーション用のオンデマンドアパレル製造システムを構想し、2017年にはいくつかの技術特許も取得している。

「情報の蓄積から開発・生産までをデジタルにつなぐ」というアマゾンの構想が実現したとき、そこで生まれるPBは消費者にとって間違いなく価値のある製品になる。

アパレル企業はアマゾンとどう付き合うべきか

今後、アマゾンはPBの企画・生産・販売で培ったノウハウを今後、「AWS」のような形で企業にサービス提供していくかもしれない。

とくに、マス・カスタマイゼーションが実現した際には、その生産システムやアプリケーションをアパレル企業に対し、クラウドサービスとして展開していくのではないだろうか。

したがって、アマゾンのPB展開は多くのアパレル企業にとって脅威になるだけでなく、機会にもなりうる。

「AWS」をはじめとするアマゾンのBtoBサービスをいかにうまく活用するか、アマゾンとの協業と棲み分けをどう実現するかが、今後アパレル企業にとって経営課題となるだろう。

【2019年7月31日15時追記】
書籍『2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日』の第2刷の一部におきまして、弊社の編集過程で誤りがありました。著者ならびに読者の皆さまに心からお詫びの上、以下のように訂正させていただきます。
224ページ前から5行目
誤:「約5000億円」
正:「約500億円」
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