6月25日に開催される日産自動車の株主総会の帰趨はどうなるのだろうか。写真は4月8日に開催された臨時株主総会の風景(記者撮影)

6月25日に日産自動車の株主総会が開かれる。新しい経営体制に移行するために必要な定款変更を諮る議案に「棄権」の意向を示していた筆頭株主のフランスのルノーが20日、棄権の意向を撤回した。これで日産が指名委員会等設置会社に移行する議案の可決は確実になった。

ただ、経営統合に対する両社の温度差が浮き彫りになるなど、対立の火種は残ったままだ。

日産出身で、1990年代後半に経営危機に陥った日産が当初支援を求めたドイツのダイムラーのアドバイザーとして関わった経験もある早稲田大学大学院の服部暢達客員教授に、両社の攻防の意味や今後予想される展開を聞いた。

ルノーは2度、ミスを犯した

――カルロス・ゴーン前会長の逮捕後、アライアンスのパートナーであった日産とルノーの関係がこじれています。日産に経営統合を迫るルノーに対し、経営の独立性を強めようとする日産。いわば敵対的な買収をめぐる攻防に見えます。

経営不振に陥った1999年にルノーの資本を受け入れた時点で、日産は実質的に買収されていた。つまり、買収をめぐる攻防という意味ではすでに日産は負けている。それが経営の独立性を取り戻す千載一遇のチャンスを得た。なぜかというと、ルノーがこれまでに2度のミスを犯して隙を作ったからだ。

1つ目は、ルノーが日産への出資を43%という中途半端な出資比率にとどめていたこと。少なくとも50%超、本来は100%、完全子会社にすべきところだ。が、ルノーにはそれだけの資金力も覚悟もなかった。2つ目がゴーン前会長の不正問題だ。ゴーン前会長が健在だったならば、日産が独立を求めるチャンスはなかったはずだ。

――株主総会での承認を経て、日産は指名委員会等設置会社に移行します。一時期、ルノーはその議案に棄権する意向を示していました。


服部暢達(はっとり・のぶみち)/1981年、東京大学工学部卒業後、日産自動車入社。マサチューセッツ工科大学でMBA取得後、ゴールドマン・サックス証券に入社。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&A業務を統括し、多くの案件に関わる(撮影:今井康一)

私がルノーのアドバイザーだったら、指名委員会等設置会社への移行には反対させただろう。指名委員会等設置会社になると、会社法で各委員会委員の過半数を社外取締役とすることを義務づけられている。とくに取締役候補を決める指名委員会が社外取締役主導になると、ルノーの影響力が大きくそがれる。両社が結ぶ「改訂アライアンス基本合意書(RAMA)」という契約によると、ルノーは日産が提案する取締役候補の議案に株主総会で賛成しないといけない。

――指名委員会の委員に就くルノーのジャンドミニク・スナール会長だけでなく、監査委員会の委員にティエリー・ボロレCEOを入れる譲歩案を日産が示し、ルノーは棄権を撤回しました。日産は手痛い譲歩を迫られたのでしょうか。

委員会に2人を入れることだけでルノーから棄権の撤回を引き出したことは、日産にとって「小さな勝利」だ。指名委員会にルノー側から1人が入ったところで、社外取締役がきちんと機能すれば、日産の取締役人事をルノーがコントロールすることはできない。監査委員に1人を送り込んでも、大きな影響はない。

ゴーン前会長の不正事件があって、コーポレートガバナンス(企業統治)を改善するという(指名委員会等設置会社へ移行する)大義名分に対しては、ルノーも強硬に反対することは難しかったのだろう。

「ルノー支配」の現実は変わらない

――株主総会を無事に終えることができれば、日産の独立性は担保されるのでしょうか。

そんなことはない。ルノーが日産の43%超の議決権を持っているという現実は変わらない。今回の騒動でわかったように、ルノーが棄権するだけで経営の重要事項を決める特別決議(議決権を持つ株主の過半数が出席し、その3分の2の賛成を得る必要がある)が通らない。議決権の行使比率を考えると、ルノーが反対すれば普通決議も通らない可能性が高い。

――そもそも、日産がルノーの支配力を引き下げようとすることは妥当なのでしょうか。

ルノーと日産を比べると技術力では明らかに日産が上だ。ルノーの技術力は、大手自動車メーカーの中でも低いほうだ。にもかかわらず、日産の技術開発にまでルノーが口だしすることが増えていると聞く。

そもそもルノー自体の業績も芳しくなく、ゴーン前会長以外はめぼしい人材もいない。そんなルノーの支配下にいることは、ルノー以外の日産株主にとってデメリットが大きい。

ただ、プラットホーム(車台)の共通化などさまざまな分野で協業が深まっており、今さら提携を解消する選択肢はないと思う。だから、(日産としては)ゴーン事件の熱が冷めないうちに、できれば1年以内に両社の資本関係を対等に持っていきたいところだろう。

具体的には、ルノーの日産への出資比率を、少なくとも特別決議への拒否権がない3分の1以下に低下させ、日産のルノーへの出資は20%以上に引き上げる。目指すべきは「是々非々の提携関係」だろう。

――しかし、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は、ルノーと日産の統合を諦めていません。簡単に出資比率の引き下げを認めるとは思えません。

そのとおり。43%(の日産株)を持つルノーの優位は変わらない。交渉において日産が持つ唯一にして最大の武器が、ルノーへの出資比率を現状の15%から25%に引き上げることだ。日本の会社法上、日産がルノーの議決権の25%を持てば、ルノーが持つ日産の議決権は無効になる。実際に引き上げるかどうかは別にして、これを有効に使うしかない。

――ルノーの時価総額は約2兆円。10%分の株式を簡単に買えるものでしょうか。

投資銀行を使って5割程度のプレミアムをつけた株価を機関投資家に打診すれば、10%程度ならすぐに買える。5割のプレミアムなら約3000億円で済む。その程度の金額なら日産の財務力からすればまったく問題ない。

3000億円でルノーの支配下から抜けられれば安いものだ。ルノー以外の日産株主にメリットを十分に説得できる。私が日産のアドバイザーなら、25%へ引き上げることを勧める。

ルノーは日産を完全子会社化しておくべきだった

――日産がルノー株を追加取得した場合、ルノーはどう反撃しますか。

ルノーが50%超まで日産株を買い増すことだ。会社法は、子会社が親会社株を持つことを原則禁止している。ただし、罰則規定がなく、いつまでに違法状態を解消しないといけないとまでは定めていない。外国企業が親会社だった場合にも当てはまるのか、解釈の余地も残る。

一方、日産が25%まで引き上げた場合、ルノーが持つ議決権は即無効になる。つまり、この反撃策ではルノーが不利だ。だから、私がルノーのアドバイザーなら、日産が25%へ引き上げる前に日産を子会社化するようにアドバイスする。それも100%、完全子会社化だ。本来は1999年にそうしておくべきだった。

――FCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)とルノーの経営統合交渉が浮上しました。しかし、フランス政府の対応を不満としたFCAが撤退しました。

FCAは自動車業界が直面するCASE(コネクテッド・自動運転・シェア・電動化)の技術で出遅れている。時価総額約2兆円のルノーを買えば、時価総額3兆円超の日産が付いてくる。日産は自動運転や電動化の技術に秀でており、これを安く手に入れることができるのは魅力的だ。

FCAとルノーが経営統合すれば、統合会社への日産の出資比率が7.5%に低下してしまい、日産が統合会社株を25%まで取得して、ルノーが持つ日産の議決権を無効化するハードルが上がる。それは日産としては絶対に避けたかったはずだ。FCAとルノーが統合すると台数の規模は増えるが、弱者連合でしかない。

統合会社への影響力を維持したいフランス政府の存在を嫌って、FCAは交渉を取りやめた。しかし、フランス政府の対応次第で交渉は再燃するだろう。日産にとって時間的な猶予はそれほどない。

――日産は現在、北米事業の不振を主因に急激な業績悪化に苦しんでいます。ルノーとの交渉に影響しませんか。

もちろん影響は大きい。日産の西川廣人社長が「業績回復に集中したい。経営統合を議論する時期ではない」と言うとおり、現状では日産の交渉力は弱まっている。来期にも回復するという見通しが示せれば、強い姿勢で交渉できる。

ただし、両社の資本関係がどうなろうと、ルノーと日産のアライアンスでは激動の自動車業界で勝ち残るのは難しい。西川社長はルノーとの交渉に能力を発揮しているが、攻めの経営の手腕には疑問が残る。外部から経営トップを連れてくるという選択肢も考えるべきだろう。だが、複雑なアライアンスをマネジメントできる人材がいるかどうか。不正は許されることではないが、ゴーン前会長を失ったことは大きな痛手だ。