原油価格は「ホルムズ海峡付近のタンカー攻撃」の後も今のところ落ち着いている(写真:ISNA/AP/アフロ)

原油価格が一時大幅に上昇したが、その後は落ち着いた値動きになっている。これはなぜだろうか。

イランの仕業」と決めつける米英

13日に、中東の原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡近くのオマーン湾で、タンカー2隻が攻撃を受けたとの報道で、原油価格の指標であるWTI原油先物価格は一時1バレル=53.45ドルまで上昇、前日終値比で4.5%急伸する場面があった。

今回の事件について、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、「イランに責任がある」とし、「アメリカの軍隊や権益を守るとともに、世界の貿易や地域の安定を守る同盟国を支持する」として、イランに警告した。

攻撃の一報が流れたのは、安倍晋三首相とイランの最高指導者アリー・ハメネイ師の会談中だった。ハメネイ師は会談後、アメリカと対話することを完全に否定、「イラン・イスラム共和国はアメリカをまったく信用していない」とした。

また、イランのモハンマド・ジャヴァド・ザリフ外相は、安倍・ハメネイ会談とタイミングが重なった攻撃であり、「重大な不審点がある」としている。しかし、アメリカは「精鋭部隊のイラン革命防衛隊が実行した」と重ねて主張し、攻撃を受けたタンカーから不発の機雷を除去したという様子を撮影したアメリカ軍の映像を証拠に挙げている。

また、イギリス政府もこれに同調し、「イラン革命防衛隊の一派が2隻を攻撃したことはほぼ間違いない」と発表。5月にアラブ首長国連邦(UAE)沖でタンカー4隻が攻撃された件についても、米英は「イランに責任があると確信している」としている。米英が足並みをそろえて関与を指摘したことで、イランと国際社会の対立がさらに強まる可能性がある。

だが国連安全保障理事会のエステバン・グティエレス事務総長は、「事実を確定し、責任をはっきりさせなければならない」とし、「事件の検証は独立した団体でなければ不可能だ」としている。また、アメリカが公開した石油タンカーの攻撃にイランが関わったとする映像については「見ていない」とし、アメリカ政府の説明も受けていないとしている。

一方、アメリカのパトリック・シャナハン国防長官代行は「機密を解除して情報をできる限り公開していく」とし、攻撃に使われた爆弾の種類や製造元の情報を挙げている。また、アメリカ軍は精鋭部隊のイラン革命防衛隊が攻撃後にタンカーに近づき、不発の機雷を除去したとする映像を公開した。

さらに、14日にはアメリカ軍当局者が攻撃を受けたタンカー周辺を飛行していたアメリカの無人偵察機に対し、イランが地対空ミサイルを発射し、情報収集の妨害を行ったとしている。

米英 vs イラン・中国・ロシアの構図に?

イランのハサン・ロウハニ大統領は14日の上海協力機構の首脳会議で、「アメリカは中国やイランへ圧力をかけることによって世界を支配しようとしている」とし、ロシアも「事件について誰かを非難してはならない」とする声明を出している。

核合意の枠組みにとどまる中ロはイランへの支援を明確にしており、対立の構図が「米英対中ロ」にまで拡大する可能性も指摘されている。一方、核合意にとどまるほかの欧州各国は、攻撃に関して中立的な立場を保っている。

ドイツのハイコ・マース外相は、アメリカ軍がイラン関与の証拠とした映像について「結論を出すには証拠が十分ではない」とし、フランスも慎重な姿勢である。しかし、7月にはイランが核関連の活動を加速させるかを判断する、としている。核開発をちらつかせて外交交渉を優位に進める「瀬戸際戦術」との見方もあり、アメリカの警戒が強まるとみられている。

一方、攻撃があった13日の前日に、安倍首相はロウハニ大統領と会談し、周辺諸国への影響力が強いイランが中東の安定に貢献するよう要請し、イラン核合意を支持する日本の立場を伝えた。ロウハニ大統領は「戦争は望んでいない」とし、「地域の緊張の原因はアメリカの経済戦争にある。経済戦争が終われば安定確保が実現される」と主張した。

また、両首脳はイラン核合意を維持する重要性で一致し、安倍首相は「イランが引き続き核合意を順守することを期待する」としている。13日のハメネイ師との会談で安倍首相は、先に会談したトランプ大統領から「事態のエスカレートは望んでいない」との発言があったことを伝達した。

これに対し、ハメネイ師は「核兵器を製造も保有も使用もしない。その意図はない」とし、核合意を維持する従来の考えを改めて表明した。その一方で、アメリカとの対話を否定している。

ドナルド・トランプ大統領は、安倍首相のイラン訪問に謝意を表明する一方、「イランとの合意は時期尚早だ。彼らは準備ができていない」と突き放し、ポンペオ国務長官も「ハメネイ師はトランプ大統領に返事はしないとし、安倍首相の外交を拒否した」とイランを非難。さらに「イラン政府は日本のタンカーを攻撃し、日本を侮辱した」と主張している。

これらのやり取りを見る限り、アメリカとイランの緊張状態がすぐに緩和する可能性は低そうだ。一方で、今回の砲撃に関するアメリカ側の情報の信憑性も指摘されているところだ。もちろん断定はできないが、筆者は現在の情報を見る限りでは、今回の攻撃は、広い意味でアメリカ側の「自作自演」の可能性もあるのではないかと考えている。

アメリカのイランへの制裁が強化され、それに対してイランが反発を強めて以降、WTI原油価格は60ドルの大台を割り込んでいる。本来であれば、このような材料で原油相場は上昇してもよさそうなものだが、そうはなっていない。「ホルムズ海峡封鎖」うんぬんが指摘されるが、本当にそうした事態になれば、ただでさえ原油輸出が制限されているイランが自分の首を絞めることになる。

現状は「原油高」になりにくい構造

原油高で収入を増やしたいイランにとって、原油安は追加的な制裁ともいえる。実は、このような原油安の動きは、昨年のトルコにおけるサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の殺害事件の後にもみられた事象である。

当時の原油相場の下落は、サウジへの報復とも考えられていた。このように、産油国が「おかしな行動」をとれば、原油相場の下落で間接的な制裁が行われているかのようである。

筆者は、今回のイランへの制裁も同じような事象であるとみている。つまり、アメリカがシェールオイルの生産拡大を背景に世界最大の産油国となり、原油供給における中東依存度が低下したことで原油安を演出し、意にそぐわない産油国に間接的に制裁を加えるわけである。

世界の石油市場の構図は大きく変化し、原油相場は上がりづらくなっている。サウジとロシアが中心の産油国の枠組みである「OPECプラス」による協調減産では、原油高にもっていきたいサウジの減産順守率が200%を超えるなど、同国の過剰な減産が目立つ。逆に言えばこれは将来の供給増の余地があることを意味する。

現在の協調減産については、ロシアから否定的な声が出ていることも、将来的な原油相場の抑制につながる可能性がある。

一方、アメリカではガソリン需要期に入っているが、高水準の産油量と製油所稼働率を背景に、ガソリン供給が潤沢であり、同国内の需給は緩和気味だ。これもWTI原油の上値を抑えている。

このように、今の原油相場は、アメリカとイランの関係悪化だけでただちに上昇するような構図にはない。まして両国は実際のところは戦争を望んでいない。前出のように「ホルムズ海峡の閉鎖」も、本当に実行すればイランの収入減に直結することを考えれば、非現実的である。

国際情勢が不安定化していることを「演出」できれば、世界の目はいやが上にもアメリカに向く。筆者は、このようにアメリカに目を向けさせることが、今回の事件の「首謀者」の最大の目的であるのではないかと見ている。

さらにいえば、一連のアメリカの核合意離脱やイランへの制裁拡大の背景には、アメリカがユーロ建てでの原油取引を推進する流れを実力で阻止しようとしていることが挙げられるのではないか。「ドル覇権」は、アメリカにとってすべての戦略の根幹だ。つまり、貿易取引がドル以外での決済に拡大しつつあることについて、アメリカはつねに懸念していることを忘れてはならない。

それでも、筆者は今のところ過剰に懸念する必要はないと考える。世界が本当に混乱すれば、それは結局アメリカにはね返ってくるからだ。原油輸入の約9割を中東に依存する日本としても引き続き気になるところだが、現時点では一連の状況が過度に悪化することは考えにくい、と見る。