アメリカでは急激に「中国締め出し」が加速している(写真:Jason Lee/ロイター)

アメリカにおける「中国排除」の動きが加速している。目下、華為技術(ファーウェイ)など中国製品を市場から締め出そうとしているが、それは市場原理ではなく、安全保障上の理由として法律を用い、国を挙げて中国を締め出そうとしている。

この動きは、中国の世論工作やプロパガンダ活動、スパイ活動、サイバー攻撃といった「シャープパワー」に対するアメリカの危機感の表れである。2018年8月に成立した「国防権限法2019」は、アメリカの中国強硬策が色濃く表される内容となった。アメリカの政府機関はファーウェイや中興通訊(ZTE)、その関連会社との取引を禁じているだけでなく、中国と関係を持つ大学に対しても警鐘を鳴らしている。

次々と閉鎖している「孔子学院」

中でも“敵視”されているのが、「孔子学院」だ。孔子学院は、中国政府の中国語教育機関であり、全米の大学内などに設置されている。この孔子学院の活動が、近年「スパイ活動」と批難され、締め出しの動きが強まってきているのだ。

孔子学院は、現在世界で548校設置され、そのうち約20%の105校がアメリカに集中している(2019年5月時点)。これは、アメリカ国内における中国語需要の高さを示すものであるが、一方で、中国がアメリカに対する働きかけをいかに重要視しているかをうかがわせるものでもある。

が、ここへきて同院の閉鎖が加速。最盛期には、全米に120校あったのが次第に減少し、今年に入って、マサチューセッツ大学ボストン校、ミネソタ大学、モンタナ大学、オレゴン大学など、6月時点ですでに10校に上る孔子学院の閉鎖が決まった。

共和党のマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)も孔子学院閉鎖に躍起な1人だ。例えば北フロリダ大学に対し、孔子学院との契約打ち切りを要請し、そのうえで「他大学も追随するように」と要望したという。同大学は、本年2月の閉鎖を2018年8月に決定した。

アメリカで孔子学院が急速に増えた背景には、アメリカの大学の経営状態悪化が挙げられる。中国政府が資金提供をするため、大学側の自己負担なく中国語教育が提供できる機関として、アメリカの大学では2005年ごろから相次いで孔子学院の設置を進めたのである。

しかし、2014年に入ると風向きが変わった。孔子学院の教育内容をめぐって、思想宣伝や政治宣伝を懸念する声が出始め、「中国政府の政治宣伝機関だ」とか、「学問の自由に反する」などといった批判が広まった。アメリカ大学教授協会(AAUP)なども大学側に、状況に応じては孔子学院との契約打ち切りを促すようになった。

こうした中、いよいよアメリカでは、中国共産党によるスパイ活動容疑で孔子学院が連邦捜査局(FBI)の捜査対象になるという事態にまで発展。前述の「国防権限法2019」には、孔子学院を設立する大学への資金支援の停止を求める条項も盛り込まれており、アメリカの法律もが、孔子学院を名指しで批判したのだ。

設置した大学にも「資金援助」

そもそも中国は、なぜアメリカの教育分野でここまで幅広く活動できたのか。それは、先述のように、孔子学院が中国政府から資金を得ているからにほかならない。2013年の中国語メディアの報道によれば、2004年から2013年の間に、中国政府は孔子学院の事業に5億ドルの資金を投じている。別の中国語メディアは、2015年に中国共産党が孔子学院に支出した予算は3.1億ドルで、2004年から2017年までの間に総額20億ドル以上がつぎ込まれたと報じている。

ちなみに、孔子学院を1校設置するには、10万ドル以上かかるとも、運営費は毎年20万ドル超とも言われている。また、孔子学院を設置した大学は、中国政府の運営機関から、毎年10万〜15万ドルもの助成金を受け取ることができるとされる。

運営機関は、中国教育部(日本の文部科学省にあたる)傘下の「国家漢語国際推進指導小組弁公室」(漢弁)である。漢弁は、中国政府の機関であるが、その背後で意思決定するのは中国共産党指導部である。例えば、2018年1月23日に、中国共産党中央全面深化改革指導小組が、『孔子学院の改革発展に関する指導的意見』などの文書を会議で通過させ、「特色ある大国外交」の担い手として「孔子学院建設強化」を打ち出したのは、その明確な表れである。

さらにさかのぼれば、2014年末、孔子学院総本部の理事長は、イギリスのBBCのインタビューに対し、「孔子学院は、中国共産党の価値観を外国に輸出するために存在する」と公言している。こうした発言などを受けて、アメリカが孔子学院の活動に懸念を示すのは当然ともいえるだろう。

アメリカの教育分野における中国締め出しは、孔子学院にとどまらない。中国共産党と関係の深い非営利団体「中米交流基金」が、ジョンズ・ホプキンズ大高等国際関係大学院(SAIS)やテキサス大学などに資金提供をしていたことが明らかになり、批判の対象となっている。

さらにアメリカは、ここ10年で5倍も増えた中国留学生をも締め出しの対象とした。中国共産党と関わりの深い留学生組織「中国学生学者連合会」を通じて、留学生にスパイ活動をさせていると疑われるようになったのだ。ロイター通信によれば、2018年6月、アメリカ国務省は、中国人留学生のうち航空工学やロボット工学など、最先端の製造業分野を専攻する中国人大学院生らのビザ有効期限を、5年から1年に大幅短縮すると決定。スパイ活動や、知的財産権の侵害を未然に防ぐことが目的だとしている。

さらに、政府高官レベルでは、アメリカ国内での中国によるスパイ行為などを探知すべく、アメリカ政府職員を対象に行う教育・訓練と同様のものを、アメリカの大学の職員に対しても実施することを計画中という。また、中国人学生や学者などの電話やインターネット利用動向も監視対象とされるようだ。

アメリカで活発に世論作り

一方、中国はかねてより同じ手法でもってアメリカにアプローチしてきた。中国は、その安全保障戦略に「三戦」(世論戦、法律戦、心理戦)を掲げている。経済や文化交流、人的交流を通じて海外の世論を工作し、敵の戦闘意思を取り除き、中国寄りに仕向けることが目的だ。そのためにも中国は、「公共外交」、つまりはパブリック・ディプロマシー(PD)をもってイメージ向上を図ってきた。

中国のPDは、共産党が司令塔となり大々的に行われてきた。中国共産党中央委員会の直轄「中央統一戦線工作部」(統戦部)が中国PDの背後におり、海外のメディアやロビー団体、シンクタンク、中国人留学生を動かし、活発にアメリカの世論作りを行ってきた。

こうした中国PDの強みは、共産党一党統治の権威主義的体制のもと、人員や財源といった豊富な資源を大規模に投入できることだろう。アメリカの議会議員や大企業に働きかけるべく、多額の予算を投じ、ロビー活動を行うことで、アメリカにおける親中派を増やしてきた。

さらに孔子学院は、中国のPD戦略の代表選手であり、ソフトパワーの象徴でもある。2004年に韓国での開学を皮切りに、世界中の教育機関に設立されてきた。

こうしてみると、実は中国がアメリカに対して行ってきた工作活動は、今も昔も何ら変わらない。もちろん、情報通信技術の革新に伴い、ハッキングなどの技術は格段に進歩したが、大まかな手口も方針も一貫しているのだ。こうした中国の外交手法を、アメリカは最近になってようやくシャープパワーと呼び、締め出しにかかっているのである。

少し前まで、必ずしも中国全面否定というわけではなかったアメリカ。中国経済の急成長はアメリカの経済的不安を軽減させてきたし、アメリカの世界中での繁栄をより促してきた。実際のアメリカ世論には、対中好感度や信頼度は低くとも、少なからず付き合っていかなくてはならないとの考え方もある。

ところが、中国レジームがさらに攻撃的になり、経済分野や5Gなど新技術で世界の主導権を握りたいという姿勢を示しており、こうした中、民主・共和両党の考え方が対立してきたアメリカは、こと中国に対しては、共通の認識を持ちつつある。オバマ前政権までの政策綱領では、対中政策に関し、民主党が「協調」、共和党は「強硬」という姿勢を打ち出したとされるが、最近では民主党は、米中貿易戦争について中国に安易に妥協しないようトランプ政権に圧力をかけているともいわれるほどだ。

日本も「選択」を迫られる

こうした情勢に鑑みれば、中国にとって孔子学院を始めとするアメリカでの教育関連の活動が、これまで以上にやりにくくなると考えられる。アメリカ政府や、その関係機関から資金援助を得ることも困難になるだろう。

それでも中国が自ら撤退するとは考えにくい。中国のシャープパワーは、中国の国家戦略である「中国製造2025」と深く関わっているからだ。この戦略目標達成のために、中国は、日本やアメリカにおける親中派の育成など、自国の国益に資するためには手段を選ばないだろう。

中国は、国内向けに反米世論工作に努めているとも言われており、中国共産党の機関紙「人民日報」や国営新華社通信、さらに中国中央テレビ(CCTV)を中心に反米報道を行い、「抗米」をテーマとした過去の戦争映画を連日放送しているという。

今までのPDの手法がシャープパワーとしてアメリカから排除されるならば、違う手法で働きかけてくる可能性も考えられる。中国共産党、あるいは中国政府の関与がよりわかりづらい形でアプローチしたり、ネット上での世論形成を強化したりするかもしれない。

中国はつねにバランスを取ろうとする。米中関係が悪化すれば、中国は日本にすり寄ってくる。アメリカからの圧力が強まるほど、アメリカ陣営と中国の対立という事態を防ぐべく、中国はアメリカの同盟国である日本に働きかけを強め、日米離反を促そうとするのだ。日本は、アメリカの意図をくみ取りながら、中国といかにして付き合っていくべきか。その選択を迫られる日は遠くないだろう。