日本を騒然とさせている「老後資金不足」問題だが、そもそも「年金+2000万円」で老後は安泰なのだろうか(写真:freeangle/PIXTA)

「老後資金が2000万円足りない」という金融庁の金融審議会による驚きの報告書を、麻生太郎財務大臣・金融担当大臣が受け取らないと発言するなど、目下日本を騒然とさせている年金問題。改めて今回のニュースをどのように読み解くかをファイナンシャルプランナーの立場から解説したい。

年金制度で大切な5つの指標

まず、前提として知っておくべきは老後生活における自助と公助の割合だろう。公的年金(厚生年金と国民年金の二階建ての場合)は、現役時代の生活水準の7割を国が負担し、3割を国民が賄うことを想定して設計されている。現在では、6割を国が負担し、4割を国民が賄う状態になっている。これを、所得代替率と言う。

日本政府は、過去の年金の運用益である余剰金を取り崩しながら、年金財政を維持しつつ、徐々に所得代替率を下げることで、長期にわたり安定した年金制度を維持できると公表していた。年金制度の根底にあるのは、集めた保険料を資産運用することで、有利な状態で国民に戻すことが可能であるという前提がある。なお、所得代替率は4割程度に下がるパターンも想定されている。

年金制度を考えるうえで大切な指標が5つある。1つ目は出生率で、高まれば将来の労働力であり、かつ年金保険料の納付者の母数が増えるので長期的にみてプラスの要因となる。しかし、出生率は低空飛行状態。都市部での低下傾向が顕著で、国の望む高出生率の地域は沖縄県など一部の地域に限定されている。

2つ目は長寿化だ。長寿化が進むほど、年金の支払い対象が増加することから、社会全体が長寿になるほど、年金財政にはマイナスの影響がある。平均寿命をはじめとして寿命関連のデータも毎年のように長寿記録を更新しており、年金財政を改善する兆しはない。

3つ目は物価上昇。マクロ経済スライドという言葉を聞いたことのある人もいるだろう。物価上昇を年金財政に反映させる趣旨だが、実際は物価上昇率に対して、年金額の増加額を抑える仕組みである。この仕組みの優れた点は、インフレが継続して発生し続けると、年金額の増加を抑えることができるため、生活者の気づかないうちに、所得代替率を引き下げる効果があることだ。

残念ながら、デフレなど運営側の期待したような物価上昇が起こらなかったため、設計倒れに終わってしまっているのだが、政府の主導する緩やかなインフレが実現すると、いつのまにか年金の価値を減らすことができる。マクロ経済スライドは、生活者にとってみれば、将来の年金が減らされるに等しい結果を生む。

4つ目が労働力の増加である。政府は目下、あの手この手で働く人を増やしたり、公的年金保険料の納付対象者を拡大しようと躍起になっている。女性活躍推進、高齢者雇用、短時間労働者の社会保険加入など、男女、老若、短時間といったキーワードで年金保険料を払う母数確保に余念がない。

そして、5つ目に運用利回りがある。公的年金は150兆円もの資金を運用しており、運用成果において利益が多くなれば、年金財政は長期安定する。一方、損失が発生すれば不安要素になる。公的年金の運用は、3カ月ごとに成果報告があり、プラスになったりマイナスになったり、一進一退となっている。運用利回りが唯一、想定外が続いていない指標であるといえる。

5000万〜6000万円あっても不安?

こうした状態からわかるように、そもそも年金だけで暮らせる制度設計にはなっていない。10年以上前から厚生労働省の資料に書かれている事であり、今回の騒ぎ方は異常である。従来指摘しなかったマスメディアに問題がある。

今回、年金行政を担当しない金融庁だからこそ、老後資金不足を指摘できた側面があるだろう。厚生労働省の立場では、年金は100年安心ですとしか言えない。また所得代替率という難解な用語を使うことで、理解しにくくしているのだが、それこそ“不都合な真実”をわかりにくくする技術でもある。

老後資金の試算は非常に難解である。年金受給額は厚生労働省の資料を使い、生活費の水準は総務省の統計を使う。この2つを使えば100歳まで生きた場合の生活費の不足額はものの5分で計算することができる。しかし、総務省の統計は日本全国の生活実態を集約しており、地域性が見えてこない。さらに、住居費の負担が非常に少ないなど、持家と借家がごちゃ混ぜになっているため、統計数値に違和感を覚える状態だ。

筆者がある60代の年金受給家庭の老後資金を計算した結果、年金だけでは15年間で2000万円不足し、100歳までの30年間で4000万円不足する計算となった。したがって、普通に生活するだけでも、手元資金として4000万円必要であるとわかる。ここに介護や医療費、リフォーム費用が重なれば、5000万〜6000万円の準備があっても生活に不安を覚えるだろう。

世間的に高齢者とされる80代の方に、お金を使わない理由を尋ねると、「老後の不安」という言葉がでてくる。すでに老後もいいところなのだが、お金が安心して生きるよりどころになっていることがわかるだろう。

定年時に5000万円を準備することなど可能だろうか?実は、20年前は退職金の平均額が3000万円であり、2000万円貯めることができれば、老後資金作りは比較的容易であったと想像できる。夫婦共働きの公務員夫婦であれば、お互いの退職金で6000万円相当を受け取っているような家庭もある。大企業であれば、企業年金と言って退職者に対して政府の年金以外の資金を年金として受け取れる場合もあった。JALのように会社が破綻して企業年金が減額されるような事例もあるので万全とは言えないのだが。

こうした潤沢な老後資金をもつ団塊の世代がいる中、老後資金の不足は一部の人の問題と認識していた人もいるだろう。だが、今回金融審議会で発表された報告は、率直なところ「ほとんどの人がもっと足りないだろう」というのが筆者の感想だ。

金融庁が報告書を出した本当の理由

今回、たまたま参議院選挙の前に報告書が発表されたので、政権にダメージを与えるための政治的なタイミングで提出したとみる向きもあるだろう。真偽は不明だが、選挙前のタイミングだからこそ、国民的な議論となったという面は否定できないだろう。

老後資金不足のような不都合な情報は早く出すほどよいと筆者は考えている。その理由は、準備期間が長期戦だからである。60歳の人に65歳までに2000万円の準備を求めた場合、年間400万円の積立を行う必要がある。これは日本の平均所得を丸々貯めるという事であり、不可能に近いことだろう。

一方で、25歳の人が65歳までの2000万円を準備する場合、40年の間に、毎年50万円、月額4万円相当の積立をすればいい計算だ。もっとも、毎月4万円の積立自体が大変ではあるのだが……。

今回の報告書では、老後資金準備のためにiDeCoとつみたてNISAの2つのツールが説明されている。何のことはない、実はこの報告書は、iDeCoとつみたてNISAの口座数や稼働数を上げるためのものなのだ。つまり、金融庁には、iDeCoの加入者が年金加入者の1%でしかない実態を改善し、つみたてNISAの稼働を上げ、そして長期・積立・分散投資を浸透させることで、株式市場への資金流入を安定化させ、資産運用マーケットを整備する思惑があるのだ。

こうした視点を抜きにして今回の報告書の意図は見えてこないだろう。金融庁は公的年金を批判したわけではないのだ。老後資金が足りないからという理由で国民にiDeCoとつみたてNISAを利用することを促し、銀行と証券会社には金融免許を付与する機関として、営業資料作りに“協力”しただけに過ぎないのだ。

だが、別の思惑があったとはいえ、不都合な真実を明らかにした今回の報告書に国民が感謝する日がくるだろう。「将来年金はもらえないかもしれない」という疑心暗鬼が多少リアルになったことで、国民ひとりひとりが自らの将来設計を考える機会にはなったのだから。