「「人工知能」は終わる。これからは「拡張知能」の時代がやってくる:伊藤穰一」の写真・リンク付きの記事はこちら

[編註:記事は英語による『WIRED』UK版への寄稿の日本語訳]

昨年、サイバネティクスに関するノーバート・ウィーナーの名著『人間機械論』を扱ったディスカッションに参加する機会があった。そしてこの場で、わたしがシンギュラリティ(技術的特異点)を巡る議論に対するマニフェストとみなすものが生まれている。

シンギュラリティとは、近い未来に人工知能(AI)が人類の知性を凌駕し、人間にとって代わる日がやって来るという議論だ。この説の提唱者たちは、AIは指数関数的に高度化し、わたしたちがこれまでになし遂げてきたことはすべて意味を失うと主張する。

これは、かつて機械には複雑すぎると考えられてきた問題を解決する手法を設計し、コンピューターの進化に寄与してきた人たちが編み出した、いわば宗教のようなものだ。こうした人々は、デジタルの世界で完璧な仲間を見つけたのである。

すなわち、理解可能かつコントロールもできそうな機械をベースとした思考と創造のシステムが存在し、的確にデザインすれば、その処理能力を急速に向上させていく。しかも、システムの進化に寄与した者は富と権力を得ることができるのだ。

シンギュラリティという概念の基本的欠陥

シリコンヴァレーではこれまで、こうしたテクノロジーのカルトの経済的な成功と集団思考とが相まって、自己規制が欠落したフィードバックのループが生み出されてきた(一方で、「#techwontbuild」「#metoo」「#timesup」といったハッシュタグに代表される、ささやかな抵抗運動も存在する)。

シグモイド関数のS字カーヴや正規分布の曲線は、勾配の始まりにおいては指数関数のそれと形状がよく似ている。しかし、システムダイナミクスの専門家によると、指数関数の曲線は上限なしにプラス方向に伸びていくため、自己強化的で危険だという。

シンギュラリティの提唱者たちは、指数関数にスーパーインテリジェンスと富を見出す。これに対し、シンギュラリティというバブルの外にいる人は、S字カーヴのような自然なシステムを信じている。それは外部からの介入に的確に反応し、自己調整していくシステムだ。

例えば何らかのパンデミックが起きても、時間が経てば拡大は収束する。パンデミック以前と同じ状態を回復することはできないかもしれないが、新たな秩序が形成されるのだ。これに対し、シンギュラリティという概念(特に、いつか人類が自己存在の葛藤を乗り越える審判の日が訪れる、もしくは救世主的なものが出現するという予言)には基本的な欠陥がある。

いまなお残る還元主義的な議論

この種の還元主義的思考は目新しいものではない。心理学者のバラス・スキナーがオペラント条件づけ[編註:報酬などによって自発的に特定の行動をとるよう学習させること]を体系化して以来、学校教育はおおむねこの理論に基づいてデザインされてきた。

一方で、最近の研究では、スキナーのような行動主義的アプローチは狭義の学習でしか機能しないことが明らかになっている。それにもかかわらず、多くの学校ではいまだに反復訓練などオペラント条件づけの柱となる要素が重視されている。

もうひとつ、優生学という例を挙げよう。人間社会における遺伝的特性の役割を過度に単純化したこの学問は、第2次世界大戦中のナチスによるジェノサイドの根拠となった。

優生学では、自然淘汰を人為的に押し進めることで「優れた人間だけを残す」ことができるという還元主義的な議論が展開される。この恐るべき思想は現在も根強く残っており、科学の世界では遺伝と知性のような特性とを関連づけて扱う研究は、いかなるものもタブーとなっている。

「シンギュラリティの夢」の産物

科学の発展の重要な推進力のひとつに、複雑な事象を簡潔に説明し、それを理解する力を高めたいという願望がある。しかし、「何ごともできる限りシンプルにすべきだが、必要以上に単純化してはならない」というアルバート・アインシュタインの言葉も、覚えておく必要があるだろう。

わたしたちは現実世界の不可知性を受け入れなければならない。世界を単純化することはできないのだ。芸術家や生物学者、人文科学に携わる人々はこのことをよく理解しており、世の中には説明できないこともあるという事実に特別な不安を抱いたりはしない。

人類が抱えている問題の大半は、いわば「シンギュラリティの夢」とでも呼ぶべきものの産物であることは明白だ。気候変動や貧困、慢性疾患、近代的テロリズムといったものはすべて、わたしたちが指数関数的な成長を目指した代償なのである。

こうした現代の複雑な問題は、過去の問題を解決するために行われたことの結果として生じている。生産性の向上を際限なく追求し、制御するには複雑になりすぎたシステムを無理に管理しようとした果てに、いま目の前に広がる世界があると言っていい。

「システムのシステムからなるシステム」

現代の科学の問題に効果的に対処するには、規模と次元を超えて相互接続された複雑な自己適応型システムを尊重しなければならない。システムの参加者も設計者もそれを完全に理解はできないし、同時にそこから離脱することも不可能なのだ。

言い換えれば、人間は誰もが異なる規模の適応度地形をもつ複数の進化システムの内部にいる。体内の微生物レヴェルから、個人としての社会とのかかわり、あるいは人類という種における個体としてまで、その段階は実にさまざまだ。

人間という個体で考えると、それは「システムのシステムからなるシステム」といった構造になっている。そして、例えば人体を構成するそれぞれの細胞は、個としての人間よりもシステムの設計者のような振る舞いを見せる。ケヴィン・スラヴィンが2016年に「Design as Participation」と題したエッセイで書いたように、「あなたは交通渋滞に巻き込まれているのではない。あなたは交通そのもの」なのだ。

種としての生物学的進化(遺伝的進化)は繁殖と生存によって促されるため、わたしたちは成長して子孫を残すというゴールに向かって走るようプログラムされている。システムは成長を規定し、多様性と複雑性を確保しながら、自己の適応力と持続可能性を高めるために絶えず進化している。

これはシステム内部の者による「参加型デザイン」と呼ぶことができるだろう。参加型デザインとはシステムに多様な機能を追加していくようなもので、ここでの繁栄は金や権力、規模の大小といったものではなく、いかに健康で活力的であるかによって測られる。

人間と機械の統合

これに対して新しい知性を備えた機械は、明らかに異なる目標と方法論によって動いている。こうした機械を例えば経済、環境問題、医療といった複雑な自己適応型システムに組み込めば、機械はシステムの構成要員を侵略するのではなく扶助し、さらにはシステム全体を補強していくだろう。

ここにおいて、シンギュラリティの提唱者たちによって提示された「AI」の定式化に問題があることが明らかになる。それは、ほかの適応型システムとの相互作用の外部にある形式、目標、方法論を示唆しているのだ。

新たな知性について語るとき、わたしたちは人間と機械の対立という図式から判断するのではなく、人間と機械を統合していくようなシステムを考えていくべきだ。ここではAIにとどまらず、さらに進んだ「拡張知能(extended intelligence:EIまたはXI)」という概念の話をしている。

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システムを理解して制御しようとするよりも、さらに複雑なシステムの堅固な一部となり得るシステムを設計していくことのほうが重要だ。わたしたちはシステム内部の設計者および参加者として自分たちの目的と感覚に疑問を投げかけ、制御という概念に対する謙虚なアプローチの下でそれを変革していく必要がある。

伊藤穰一|JOI ITO
1966年生まれ。起業家、ヴェンチャーキャピタリスト。『WIRED』US版アイデアズ・コントリビューターも務める。2011年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長。著書にジェフ・ハフとの共著『9プリンシプルズ』〈早川書房〉、『教養としてのテクノロジー』〈NHK出版〉など。

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