関西人の妻と「笑えない夫」の意外な相性とは…(イラスト:堀江篤史)

品川駅から少し歩いたところの住宅地にある、インド料理店に来ている。本格的なビリヤニやカレーを出すお店だ。エスニック好きだという岡田恵さん(仮名、36歳)に店の情報をメールで伝えると、<インド料理!!どストライクですーー!!お目にかかることを楽しみにしております>と、ハイテンションで感じのいい返信。夫の直樹さん(仮名、33歳)と一緒に来てくれるらしい。


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恵さんはボブカットの色白美人で、愛嬌のある笑顔とハキハキとした受け答えが印象的だ。一方の直樹さんは、細身で優しげな雰囲気。緊張しているのか声は小さめだ。

昨年の冬に結婚したばかりの2人。本連載では35歳以上で結婚した人を「晩婚さん」と定義している。直樹さんはオブザーバーになってもらい、恵さんの話を中心に聞くことにしよう。

異性と奔放に付き合っていた学生時代

「私はサバサバとして明るい女性に見られがちなのですが、実はナイーブだと自覚しています。独身時代はずっと寂しくて、婚活がうまくいかなかった頃の悪夢を今でも見るぐらいです。『あの人ともダメだった。持ち駒ゼロ! 私は一生結婚できない』と絶望しているところを夢の中で繰り返し見てしまうんです」

タンドリーチキンをうれしそうに食べながら、自らの性格と心情を赤裸々に語ってくれる恵さん。仕事は医療関連の専門職だ。母親も病院勤務の看護師で、外でも家でも人の世話ばかりの生活を目の当たりにしていたと恵さんは振り返る。

「うちは田舎なので、長男の嫁が姑の面倒をみるのは当たり前、という環境です。結婚すると女は損をするんだな、と感じていました。結婚にいいイメージを持てなかったんです」

恵さんは長女であり、妹と弟は恵さんより前に結婚している。「しっかり者」であることを求められがちな立場であることが反動となり、自由を追求させたのかもしれない。

「学生時代は、われながら奔放に(異性と)付き合っていました。日本人にはモテなくて、恋人はアフリカ人だったりインド人だったり。バックパッカーとして滞在していたインドで、少数民族の男性と付き合っていたこともあります」

大学院で現在の専門分野を学んだ恵さん。卒業して専門職としての下積み期間を終えたら、海外で暮らしてみたいという夢があった。その実現のためには結婚どころか恋愛もいらない、と思った。実際に、4年間は仕事場と一人暮らしのアパートを往復するだけの生活を送ったという。

念願がかなって中国に渡ったのが28歳のとき。日本人もたくさんいる大都市に住み、毎日が楽しすぎて遊び回っていたと恵さんは振り返る。

「久しぶりに恋人ができました。現地採用の日本人で、私より1歳年下です。優しいけれど頼りない人だったな……」

中国滞在中に父親がガンを患い、余命10カ月の宣告を受ける。2年に及んだ遊学をやめて帰国を決意した恵さんは、恋人との別れも決めた。

「それまでの人生で最も悲しい時期だったからこそ気づいたんです。この人の胸では泣けない、と。彼はお互いの人生を預け合えるような相手ではありませんでした」

再び日本で働き始めた恵さん。父親は闘病中で、自分の生活も盤石とはいえない。誰かに頼りたいという気持ちが強まり、年上の既婚者と不倫してしまった。

「異業種交流会で知り合った経営者です。海外で成功した人で、奥さんと子どももいます。グイグイと迫られて、好きになってしまいました。私は不倫なんてしないという自負があったのに……。父のように男気のある、しっかりとした男性に支えられたかったのだと思います」

その既婚男性は「結婚以外なら何でもしてあげる」と宣言。図々しくもわかりやすい人だ。実際、いろんな友人に紹介してくれて、恵さんの仕事も手伝ってくれて、1人では行けないような店にも連れて行ってくれた。しかし、彼は仕事が好きすぎて、会えない日々が続くこともあった。

別れたのは父親が亡くなった翌年だった。結婚にいい印象を持っていなかった恵さんだが、葬儀の後にそれぞれの家庭に帰って行く妹と弟を目の当たりにして、「家族っていいな」と痛感したという。恵さんは33歳になっていた。

不倫相手と別れても普通の恋愛がしにくい理由

「私にはお母さんしかいない、自分もどこかに帰属したい、不倫なんてしている場合じゃない、とすごく思いました」

思い立ったら行動力がある恵さん。2つの婚活アプリに登録し、結婚相談所や街コンも試した。占いや婚活カウンセリングにも通ったという。

「同い年の独身男性とお見合いしたとき、なんだか感動してしまいました。その人が好きになったわけではありません。でも、日曜日に手をつないで街中を歩くことができる、日の当たる関係性なんだ、と新鮮に思ったのです」

彼は普通に働いている「いい人」だった。何の問題もない。ただし、ピンとこなかったので2回目以降のデートはなかったと恵さんは明かす。

不倫には後遺症があると筆者は思う。相手が経済力のある年上の既婚者である場合は特に重症化しやすい。背徳感は恋愛の刺激になりえるのに加えて、罪悪感に裏打ちされた物心両面の「優しさ」をたっぷり受けるからだ。そんな恋愛を経験すると、普通の独身異性は色あせて見えてしまう。

婚活に苦戦する恵さんが息抜きに立ち寄っていたダイニングバーがある。店員と常連客の距離が近く、時々合コンを企画してくれるような店だ。そこで楽しく飲んでいたとき、恵さんは直樹さんから見初められたらしい。

「外国人観光客が店に来ていたので英語でしゃべっていた私を見て、『カッコいい』と思ってくれたそうです。そのときに声をかけられたわけじゃありませんけど」

法人営業の仕事をしている割には引っ込み思案な直樹さん。離れた席から「いいな〜」と思っているうちに恵さんは帰ってしまった。直樹さんは当日のことを小さな声で説明する。

「お店の人に相談したら、『彼女の連絡先を勝手に教えるわけにはいかないけれど、今度彼女がお店に来るときは連絡するよ』と言ってくれたんです」

エラいぞ、直樹さん。今どきのアラサー男性にしては上出来である。筆者が興奮気味に直樹さんを誉めると、隣で聞いていた恵さんが「そうですかぁ?」とあきれ気味の声を上げた。恵さん、帰る場所があるから積極的な40代、50代の既婚男性と、未婚の若者を比べてはいけない。

関西人にとって「話が面白くない」は致命的な欠点

「一緒に食事には行きましたが、私はやっぱりピンときませんでした。直樹さんは話が面白くないからです(笑)。今ではそこも含めて好きなのですが、当時は交際を続けることすらためらっていました」

関西出身の恵さんにとって、「話が面白くない」は致命的な欠点だったのだ。しかし、恵さんには強力な先達がいた。すでに3人の子どもの母親である現実的な妹だ。

「相談したら、『お姉ちゃんは上から目線! アンタはどれだけのもんや』と叱られました。ギャンブルもしない、暴力も振るわない、ちゃんと働いていて、私のことを好きでいてくれる独身男性。しかも若い。それで十分やん、と」

妹は前向きかつ具体的なアドバイスもしてくれた。直樹さんに「面白くない話をしてみ?」とお願いすることだ。実践すると、彼は怒らずに本当に面白くない話をしてくれたと恵さんは笑う。

「面白くないことをネタにできるのであれば問題ない、と気づきました」

婚活カウンセラーからの教えも有効だった。自分が求める家族観を書き出す宿題があり、恵さんは「情に厚いこと」「お互いに裏切らないこと」などを言葉にしたのだ。それを思い出すと、直樹さんは「めっちゃいい」旦那さん候補だった。

ネガティブな予想を立てるのがうますぎていたと反省する恵さん。デートでポイントカードを使う男性は嫌、ツアー旅行を利用する男性は嫌、など「しょうもない条件」にもとらわれていたらしい。

一方の直樹さんはもう少しボンヤリした、いや大まかな感覚で交際相手を探していたようだ。

「以前に4歳年下の女性と付き合っていたことがあるんです。有名大学を出て有名企業に勤めているのにブリッ子で、話が合いませんでした。年齢が離れているとうまくいかないのかな、次は同い年の女性がいいなと思っていました」

突っ込みどころのある男性である。話が合わなかったのは年齢差のせいではなく、その彼女と直樹さんが似た者同士だからだと思う。どちらも“かわいがる”のではなく“かわいがられる”タイプだったのだ。また、同い年がいいと言いながら、結婚相手の恵さんは3歳年上である。

「あ、いや、35歳までならいいかな、と」

微妙にかみ合わないが、不思議な面白みがある男性だ。恵さんは直樹さんと筆者のやりとりを楽しそうに聞きながらカレーを食べ、ときどき彼の口元を拭いてあげたりしている。余裕が感じられる。恵さん、結婚生活はどうですか。

ときめきはないが、穏やかで明るい結婚生活

「以前は、恋愛の延長線上に結婚を考えていたんです。私を引っ張ってくれて、新しい世界を見せてくれるような男性に魅力を感じていました。でも、どちらかと言うと弁が立っちゃう私にはそういう男性は向いていない気がします。

新婚旅行は南米に行きましたが、ちょうど農民のデモがあり、暴動みたいになって大変でした。直樹さんは私を守るというよりも、ひたすら怖がっていましたね(笑)。確かに危ない状況だったので、なだめすかして帰って来ました」

行動力とコミュニケーション能力には自信がある代わりに、「地に足をつけることが苦手」だと自認している恵さん。新卒で入った会社でずっとまじめに働いている直樹さんに安心感を覚えている。

「仕事場から家に帰ってきて、彼に話を聞いてもらうだけで解消されるストレスもあるんだと知りました。場合によってはマッサージもしてもらえます(笑)。1人じゃない。それがうれしいです」

現在、恵さんは妊娠中だ。好きだった飲み歩きを控えているが、苦しくなるほど人恋しくなったりはしない。誠実でかわいげがある直樹さんがそばにいれば、いつでも笑いを生み出せるからだ。胸を焦がすようなときめきはなくても、穏やかで明るい気持ちでいられる結婚生活がここにある。