Netflix(ネットフリックス)が世界最大のエンターテインメント企業として、業界の秩序を完全に塗り替えつつある。ディズニーなどコンテンツを積極的に供給していた映画業界も、ようやくその怖さに気づき、態度を変えはじめた。ネトフリのもつ強大な力の源泉とは――。(第1回、全3回)

※本稿は、ジーナ・キーティング著、牧野洋訳『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(新潮社)の日本語版特別寄稿「史上初のグローバルインターネットテレビ」の一部を再編集したものです。

アメリカ・ロスガトスにあるネットフリックス本社(写真=Sipa USA/時事通信フォト)

■世界のエンタメ業界に新たな秩序を生んだ

本書が出版されてから6年の間に、ネットフリックスはさらに強力になった。世界のエンターテインメント業界に激震をもたらし、業界秩序を完全に塗り替えてしまった。この短期間で「グローバルインターネットテレビ」のパイオニアになり、独自コンテンツの制作費とエミー賞へのノミネート数で他社を圧倒したのだ。一時は株式時価総額で世界最大のエンターテインメント企業に躍り出ている。

ネットフリックスは現在、「世界で最も価値あるエンターテインメント企業」の座をめぐってウォルト・ディズニーと競い合っている。ディズニーはテーマパークや映画スタジオだけでなく、ABCやディズニーチャンネル、ESPNなど複数のテレビ局を所有する。さらには、ミッキーマウスなど伝統的知的財産のほか、近年買収したルーカスフィルムの「スター・ウォーズ」シリーズやマーベル作品、ピクサー作品なども抱える業界の巨人だ。

ネットフリックスがもたらす新秩序によって競争環境が激変し、エンターテインメント資産の再評価が行なわれている。結果として大型M&A(企業の合併・買収)が続出して大掛かりな業界再編が進行中だ。

再編の渦中にあるのはディズニーや21世紀フォックス、タイムワーナー(現ワーナーメディア)など有力コンテンツを持つ映画スタジオ大手であり、AT&Tやコムキャストなどコンテンツ流通を担う通信・ケーブルテレビ大手だ。各社はネットフリックスを脅威に感じ、同社が世界のエンターテインメント市場で支配的地位を築いてしまうのを防ぐために再編に突き進んでいるのだ。

シリコンバレー系IT(情報技術)企業もネットフリックスに狙いを定めて一斉に動き始めている。ファストカンパニー誌のハリー・マクラッケンによれば、IT業界の巨人はどこも何らかの形でネットフリックスと競争しているという。

■「バンドル」契約に反発した視聴者を味方に

2018年10月現在、ネットフリックスの契約者は全世界で1億3700万人に達している。彼らは「バンドル」契約に反発し(アメリカではケーブルテレビに加入してセットトップボックス経由でテレビを視聴するのが一般的で、複数のテレビチャンネルがパッケージになったバンドル契約は月1万円を超えることもある)、自由にコンテンツを消費したいと思っている。

当然ながら、バンドルにあぐらをかいてきたケーブルテレビ大手など旧来型メディアはジリ貧だ。

毎週決まった日時に決まったチャンネルで視聴する「アポイントメントテレビ」の時代は終わったのだ。ネットフリックスの会長兼最高経営責任者(CEO)リード・ヘイスティングスは「ストリーミングの百年帝国」構築を目指している。エンターテインメント業界はこれから否応なしに「ストリーミングの百年帝国」をめぐる戦いに突入する。

ネットフリックスはすでにIT業界の勝ち組と見なされている。株式市場で圧倒的なパフォーマンスをたたき出し、ハード中心のアップルを除くフェイスブック(F)、アマゾン(A)、グーグル(G)と共に「FANG(ファング=牙)」としてくくられるようになった。4社とも米ナスダック市場の上場銘柄で、3000銘柄以上に上るハイテク株・成長株全体のパフォーマンスを左右するほどの影響力を持つ。

ちなみにネットフリックス以外の3社も独自のストリーミングサービスを開始し、ネットフリックス追撃態勢に入っている。

■激しい社内競争、失敗したら容赦なくクビ

動画配信サービス躍進の裏で、ネットフリックスの企業文化も変貌を遂げた。もともとのDNAはカオス状態で予測不能だけれども、創造性に富んだスタートアップ(斬新なビジネスモデルを探し出し、短期間で急成長を遂げる一時的なチームのこと)だ。

そんなDNAは今では消え去り、代わりにヘイスティングスの肝いりで生まれたのがプロのスポーツチームさながらの競争文化だ。数字ですべてが決まる優勝劣敗の文化ともいえる。社員は大幅な情報アクセス権と自由裁量権を与えられながらも、失敗したら割増退職金を渡されて容赦なく首にされる。

それだけに採用方針も徹底している。ネットフリックスに入る人材はトップクラスに限られる。いったん入社すれば「完璧な大人」として振る舞わなければならない。スケジュールや有給休暇取得、経費請求について100パーセント自分で判断するのはもちろん、上司・同僚の辛辣な評価も甘んじて受け入れる度量を求められる。

ウォールストリート・ジャーナル紙はネットフリックスについて「ここには直言と透明性が何にも増して美徳とされる文化がある。問題社員を解雇すべきかどうかをめぐって公の場で活発に議論が交わされる。それは一種の儀式であり、ありふれた光景でもある」と伝えている。

競争文化があるからネットフリックスはライバル勢よりも一歩先を行っているのか? 少なくともヘイスティングスの答えは明確なイエスだ。

■テレビ・映画業界は“ウィンウィン”だと思っていたが……

競争はますます激しくなっている。ソーシャルフローCEOのジム・アンダーソンはテレビのトーク番組「バーニー&カンパニー」に出演し、「ネットフリックスの周りは競争相手ばかりですよ。フェイスブックは10億ドル投じて動画配信サービス『ウォッチ』をスタート。Hulu(フールー)もいるしアップルもいる。いまは映像コンテンツの黄金時代です。誰もがオリジナルコンテンツを制作・配信している。でも、こんなに大量のコンテンツを一体誰が見るのでしょうかね?」と語った。

11年暮れに書いた本書エピローグの中で、私はケーブルテレビとコンテンツ制作の両業界に対して、「高額な料金、ひどいサービス、最低のコンテンツ」に消費者が不満を強めていると警告した。それから10年足らずで警告通りの展開になった。ネットフリックス主導で消費者が反乱を起こしたのだ。

ここで映画スタジオは事の重大さにようやく気付いた。ネットフリックスに映画やテレビドラマなどのコンテンツを供給することで、知らぬ間に同社のストリーミングサービスを後押ししていたのである。

テレビ番組制作も手掛ける映画スタジオ大手は当初、ネットフリックスとの提携は互恵的と考えていた。例えばあるドラマをテレビ局が放送中としよう。ネットフリックスが放送済みの古いエピソードをストリーミング配信すると、ドラマは大きな反響を呼び、過去の全シーズンを一気見する契約者が続出する。

その後、最新エピソードがテレビで放送されると、彼らが大挙してテレビに押し寄せ、ドラマの視聴率ははね上がる。テレビ局幹部はこれを「ネットフリックス効果」と呼んだ。

代表例がテレビドラマの『ブレイキング・バッド』と『マッドメン』だ。いずれも当初は苦戦したが、ネットフリックスで過去のシーズンが配信されると、状況が一変。突如として視聴率がはね上がり、高い評価を受けて大ヒットした。

■「ゴミ収集」とやゆした大手スタジオがすり寄るように

だからこそテレビ業界はこぞってネットフリックス詣でに乗り出したのである。ネットフリックスを「アルバニア軍」などと呼び、見下していた映画スタジオ大手タイムワーナーのCEOジェフリー・ビュークスも例外ではない。

彼は人気テレビドラマ『NIP/TUCK マイアミ整形外科医』のほか、『ヴェロニカ・マーズ』『プッシング・デイジー 恋するパイメーカー』『ターミネーター サラ・コナー・クロニクルズ』のようなカルトドラマの配信権をネットフリックスに売った。それでありながら、ネットフリックスをなおもばかにしていた。もうどこにも売る相手がいなくなったときに最後に頼る相手だとし、「ゴミ収集のような公共サービス」と決めつけていた。

ネットフリックスにとって、ハリウッドとの取引はますますうまみを増していった。ネットフリックスの最高コンテンツ責任者(CCO)テッド・サランドスはリーマンショックの後遺症を引きずっていた映画スタジオに近づき、大枚をはたいて有利な条件でコンテンツを獲得していった。テレビドラマについては全シーズンの独占配信権を基本にしていた。視聴者のビンジウォッチング(一気見)需要に応えるためだ。

■コンテンツ供給が止まった時に真価が問われる

映画スタジオ側が知らないことが一つあった。ネットフリックスのフォーカスグループ(グループインタビュー)によれば、視聴者はビンジウォッチングによって高揚感を得ている。何時間もぶっ続けでドラマを見ていると、ネットフリックスブランドにほれ込んでしまうのだ。

ジーナ・キーティング著、牧野洋訳『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(新潮社)

ストリーミングはいつの間にか一般人が使う語彙の一つになり、消費者行動を根本的に変えた。サランドスはプレスリリースの中で「ストリームチート(だまし)」に触れて、次のような冗談を書いたことがある。

「パートナーをだまして先にテレビドラマを一気見してしまうとどうなるでしょう? 信頼関係が壊れたり、けんかになったり、離婚騒ぎになったりするかもしれません。でも、ネットフリックスは責任を負いかねます。どうかご自身で責任を持って視聴するように心掛けてください」

しかしながら、サランドスとヘイスティングスは少しずつ危機が近づいているということも察知していた。映画スタジオはいずれ「インターネットテレビ=テレビの必然的進化形」という現実に目を向けるようになる。そうなったらネットフリックスへの映画やテレビドラマの供給をストップし、自らストリーミングサービスを開始するはずなのだ。

ビュークスにも一理ある、とサランドスは思った。消費者がネットフリックスを利用するのは第一級のコンテンツを視聴できるからである。映画スタジオからのコンテンツ供給が止まったら、ネットフリックスは自ら第一級のコンテンツを作らなければならない。

こうしてネットフリックスの更なる快進撃が始まるのである。

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ジーナ・キーティング
フリーランスの経済ジャーナリスト。米UPI通信に続き英ロイター通信に記者として在籍し、10年以上にわたってメディア業界、法曹界、政界を担当。独立後は娯楽誌バラエティ、富裕層向けライフスタイル誌ドゥジュール、米国南部向けライフスタイル誌サザンリビング、ビジネス誌フォーブスなどへ寄稿している。2012年、処女作『Netflixed』を刊行。

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(経済ジャーナリスト ジーナ・キーティング 写真=Sipa USA/時事通信フォト)