目先は株価は上昇しそうだ。だが、トランプ大統領が今後も市場に「口先介入」したからといって、相場が上昇し続ける保証はない(写真:AP/アフロ)

先週(6月3日〜7日)は、主要国の株価が反発をみせた。アメリカ主導の株価の戻りだと解釈できるが、5月を通じて6月初まで株価下落が進んでいたため、いったんは反発してもおかしくはないところだった。特に6月4日の同国の株価は力強く、ニューヨークダウ工業株は前日比512ドル高と、今年2番目の上昇幅(今年最大は、1月4日の747ドル高)となった。

アメリカの株価を上げた3つの「好材料」の本質は?

この日、株価上昇の材料とされたのは、次の3つだった。

1)同日、ジェローム・パウエル連銀議長がシカゴでの講演で、「(米中貿易交渉などが)アメリカ経済の成長に及ぼす影響を注視し、強い雇用の維持と2%の物価上昇目標に向けて適切な行動をとる」と語ったことが、将来利下げを行なう構えだと解釈された。
2)中国商務省の報道官が「貿易摩擦は対話によって解決すべきだ」との声明を出し、米中間の協議が進展するとの期待が広がった。
3)メキシコ政府高官が「移民と貿易問題について着地点を探せることを期待する」と語ったと報じられ、アメリカによるメキシコに対する追加関税の実施が回避できるかもしれないとの観測が浮上した。

この3つの「好材料」については、実際に週末、メキシコに対する関税措置が無期限見送りになったように、全く的外れとも言い難い。だが、市場での期待が膨らみ過ぎると、はしごを外される恐れがある。

まず連銀の金融政策だが、連銀内部で、最近の経済指標の軟化(まだそれほど悪くなっているわけではない)や市場動向の不安定さを踏まえ、警戒的な空気が広がっていることは事実なようだ。このため、早ければ6月18〜19日のFOMC(連邦公開市場委員会)で先行き利下げが行なわれる可能性を連銀が示唆する、あるいは7月30〜31日のFOMCで利下げが実施される、と見込む専門家もいるようだ。

とは言っても、それは「連銀が、景気が悪化する前に利下げして不況を回避してくれるから、株価はほとんど下がらず上がるばかり」といった、虫のいい楽観論に沿ったものとはなるまい。後で述べるように、世界中で(アメリカでも)景気は着実に悪化しつつある。

仮に7月に連銀が利下げを小幅行なうとしても、その時にはすでにアメリカの経済が後退期に突入する気配を明確にしており、それに対してわずか1回の利下げで景気悪化が止まるわけではなかろう。ある意味、経済の暗転を追認した利下げとなる形だが、金融政策とはそうした後追いになるものだ。

次の米中通商交渉の行方だが、引き続き先行きは見えない。6月28・29日のG20首脳会合(大阪)を機に行なわれるとみられる米中首脳会談でも、事態は打開しないだろう。では前述の中国商務省の発言はいったい何なのか、ということだが、中国側としては交渉のドアは開けてある、という建前を示しているだけだ。「アメリカ側が頭を下げてくるのであれば、話し合いに応じてやっても良い」という意味合いだと考える。

さらに対メキシコでは、述べたように、メキシコへの追加関税措置は、メキシコ側が国境警備の強化などの対応策を提示したことで、無期限の見送りとなった。

しかし、今回、ドナルド・トランプ大統領が対メキシコ関税引き上げを提示したことによって市場に生じた波乱の本質は、これまでの市場が「アメリカの対外通商政策で要注意なのは対中国だけだ」と決めつけ、楽観的な空気が漂っていたところ、対メキシコという意外な弾が飛んできてうろたえた、というところにあると考える。今後「対日」「対欧」でも、アメリカが通商交渉で強硬な姿勢を取るリスクはあり、市場は通商問題ではこれからもたびたび揺らされそうだ。

アメリカの景気悪化は雇用や消費でも顕在化?

(中国だけではなく)世界的に景気の悪化基調に注意を要すべきだ、という点は、前回のコラム「日本の株価が米中貿易戦争で下がると読む理由」でも述べた。特にドイツのIFO指数やアメリカのISM指数など、企業の業況感を示すデータが世界的な不透明感から悪化しており、企業行動が委縮して世界的な設備投資や建設投資の減退が生じ、それがさらに日本からの投資関連製品の輸出減を引き起こす、という点も、前回指摘した通りだ。

実際、先週公表された経済データでも、5月のISM非製造業指数は4月の55.5から56.9に改善したが、同製造業指数は4月の52.8から小幅上昇が見込まれていたところ、52.1に低下した。

それでも、こうした警戒的な見解に対し、「アメリカで最大の需要項目である個人消費については、雇用が堅調なため好調が維持され、多少設備投資や建設投資などが落ち込んでも、経済全体は全く揺らがない」との楽観論も聞こえる。

ところが、先週の雇用関連の諸統計は、そうした楽観論に水を差すようなものだった。給与計算サービスを提供するADP社がまとめた、雇用者数の統計では、4月の雇用者数が前月比で27.1万人増えていた(修正後のデータ)ところ、5月はわずか2.7万人増にとどまった。

毎週の失業保険に関する統計は木曜日に公表されるが、1週間の新規の失業保険申請件数(5月25日に終わった週)は、当初公表値の21.5万件から21.8万件に上方修正(雇用の悪化方向への修正)となり、次の週(6月1日に終わった週)では、同じ21.8万件を維持する形となった。長い目で見ると、新規申請件数は、増えてきたとは言い難いが、減少が止まりつつあるように見受けられる。また、継続して失業保険を受給している数は、5月25日に終わった週が165.7万人から166.2万人に修正されたうえ、6月1日に終わった週の分も168.2万件と膨れ上がっている。

こうした、雇用情勢に対して不穏なデータが発表されていたところ、前週末7日に発表された5月の雇用統計では、注目されている非農業部門雇用者数が、前月比でわずか7.5万人の増加となった。最近では、今年2月に前月比が5.6万人の極めて小幅な増加にとどまったが、これは当時の大雪など厳しい気象の影響であった。今回はそうした特殊要因無しの雇用者数の伸び悩みであるため、今後の米国の雇用と個人消費の先行きが、懸念される。

この雇用統計を受けての同日のアメリカの株式市場は、主要な株価指数が前日比1%以上の上昇をみせた。これは、連銀の緩和が行なわれる公算が一段と強まった、という解釈による株高なのだろう。しかし、前述のように、景気が悪いからこそ連銀が利下げに追い込まれるわけだ。

通常、株式相場は、業績相場(好業績による株価上昇)→逆金融相場(景気過熱に対応するため金融引き締めが行なわれ、景気にも陰りが表れるため、株価が下落する)→逆業績相場(景気が本格的に悪化し、金融政策は緩和に転換するが、景気の悪化が止まらず株価が下落し続ける)→金融相場(金融緩和が何度も行なわれ、その累積効果から、景気悪化にある程度歯止めがかかり始め、株価が上昇する)というサイクルをたどる。

実際の相場はそれほどきれいにサイクルの通りに動くわけではないが、先週末のアメリカの株式市場は、逆業績相場なしにいきなり金融相場が示現するかのような浮かれぶりだ。これからやってくるのは、本格的な景気と企業収益の悪化による逆業績相場であって、何度も金融緩和が進められてようやく金融相場に入るのは、まだ先だ(ただ、今年中には金融相場に入ると見込んではいる)。

日本でも消費に不安、増税も悪材料

一方、日本経済に目を転じると、消費者態度指数で示される消費者の心理は、5月までほぼ悪化の一途をたどっている。7日に発表された統計のなかでは、4月の実質賃金(物価上昇分を除いたもの)は前年比で1.1%減少した。名目でも0.1%減で、その内訳では、所定外給与が1.1%減ったことが影を落としている。これは働き方改革の影響が大きいとはいえ、残業減で手取りが減ることが消費者心理を圧迫している可能性がある。

同日発表の4月の家計調査では、消費支出が前年比で1.3%増えたとのことだ。大型連休による交通費の出費増(「交通・通信」は前年比12.1%増)が大きく寄与したとみられるが、その分家庭用耐久財の支出が切り詰められたと、総務省は分析している。連休後の支出全般も、かなり削られているのではないか、と懸念される。

消費動向に暗雲が立ち込めるなか、自民党は6月7日に発表した参議院議員選挙の公約に、予定通りの消費増税を盛り込んだ。一部市場参加者の「政府・自民党は、消費増税延期を公約に掲げて、衆参ダブル選挙に打って出るだろう」との楽観論は、打ち砕かれた形だ。

こうした内外の悪材料を鍋に入れて煮詰めれば、いずれ(おそらく7〜9月に)日経平均株価が1万6000円前後に落ちる、というシナリオは変わらない。今週の日経平均株価は、滑り出しは先週末のアメリカ株上昇や対メキシコ関税見送りの報道もあって、上昇が持続するもしれないが、次第に力を失いそうだ。価格のレンジとしては、2万円〜2万1200円を予想する。