川内優輝(かわうち・ゆうき) 1987年生まれ、東京都出身。学習院大学を卒業後、埼玉県庁へ。市民ランナーとして力を伸ばし、2011年、13年、17年の世界選手権に出場。マラソン自己ベストは2時間8分14秒

"最強の市民ランナー"として名を馳せた川内優輝(かわうち・ゆうき/32歳・あいおいニッセイ同和損保)が、4月1日からプロ生活をスタートさせた。型破りの挑戦を続ける本人に近況を聞いた!

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■秋以降にどう変わるか、自分でも楽しみ

3月末で埼玉県庁を退職し、プロランナーとなった川内優輝。4月15日に昨年優勝した世界6大マラソンのひとつ、ボストンマラソン(米国)に出場すると、今月5日には18日に結婚式を控える元実業団選手の水口侑子さん(33歳)と共にバンクーバーマラソン(カナダ)に出場し、そろって優勝を飾るなど相変わらず抜群の存在感を発揮している。

"最強の市民ランナー"と呼ばれた男にプロ転向後の近況を聞いた。

――プロになって、どんな変化を感じていますか?

川内 まったく職場に行かなくなったことで、プロになったことを日々実感しています。例えば、今は岐阜県、福島県、カナダと続くレースの遠征中ですが、その間に一度も自宅に戻っていません。これまでなら休日にレースに参加し、終わったら急いで帰宅し、翌日出勤というのが当たり前だったのに(笑)。

――プロ転向後は、まず2013年以来の自己ベスト(2時間8分14秒)更新を目指すと言っていました。

川内 そうですね。ただ、プロとしてのスタートを切ったばかりで仕事の代わりにイベントへの参加が多く、今は結婚式の準備も重なり、正直あまり練習できていません。プロ初日の4月1日には60km走ったのですが、その後はこれまでと変わらない練習しかできていません(苦笑)。

もちろん、公務員時代は残業がなくても8時間+1時間の休憩で1日9時間は拘束されていたので、それに比べれば時間がありますが、このままだと本末転倒なので。6月以降は北海道での長期合宿を予定していますし、そこから集中できればと思っています。


プロ初戦、世界6大マラソンのひとつであるボストンマラソンは調整不足もあり17位。連覇はならず

――連覇のかかっていた4月のボストンマラソンは2時間15分29秒の17位でした。

川内 持ちタイムが16番目だったとはいえ、8位入賞を目指していただけに悔しさがあります。序盤に冷静さを欠き、井上(大仁)選手(26歳、MHPS)とはしゃいで(飛ばしすぎて)しまったのは反省点。ただ、マラソンはプロになったからといって急に力がつく競技ではないですから。

その意味では、これまで仕事と競技の両立をしていた私が、今後競技だけに集中して、北海道合宿を経た、秋以降にどう変わるかは楽しみです。

――ボストンではMLBのレッドソックスvsオリオールズの始球式など、前年の優勝者として多くのイベントにも参加されたようですね。

川内 本当にいい経験をさせてもらいました。レッドソックスの18番のユニフォームまでもらい、野球ファンには川内ごときがと怒られそうですが(苦笑)。

ただ、それ以上にうれしかったのは、レースのゼッケンに「YUKI」とファーストネームで書いていただき、レース中も沿道の方から「YUKI! YUKI!」と応援の波ができ、前を走っていた選手がびっくりして後ろを振り返るほどでした。あんな経験は今までなかったですし、本当にボストンの人々の温かさと敬意を感じました。

■東京五輪を目指しているわけではない

3月のびわ湖毎日マラソンでは2時間9分21秒で日本人2位となり、目標とする今年9月開幕の世界選手権(カタール・ドーハ)の代表に前進した。

一方で、20年東京五輪の代表選考会「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」(9月15日)は出場権を持ちながら、回避の意向を示している。暑さを苦手にし、勝機の少ないレースに出るよりも、より可能性の高いレースに出るべきとの考えが、そこにはある。

――東京五輪を目指してプロに転向したと、よく勘違いされるそうですね。

川内 はい。別に東京五輪を目指して、プロになったわけじゃないんです。内定したわけではないですが、まずはドーハの世界選手権。選考対象が昨夏以降の国内レースということを考えれば、私が3枠から外れるわけはないと思います。だから、自分の中ではドーハで走るつもりでトレーニングするだけです。

――MGCが9月15日で、ドーハ世界選手権の男子マラソンが10月5日。ほかの選手ならともかく、毎週のようにレースに出場している川内さんなら両方走るのもアリでは?

川内 できなくはないんですが、そうするとまた怒られる(笑)。順番が世界陸上、MGCならよかったんですけど。MGCで好きなだけかき乱して、ドーハでボロボロだったら、目も当てられないですし、何を言われるかわからないですから。

――プロ転向で収入面の変化は? 10倍くらいとの噂もありますが(笑)。

川内 まあ、そこは(苦笑)。これまで公務員だったのでレースに参加しても出場料などがもらえなかったのですが、そこがもらえるのは大きい。ただ、そこばかり意識しても意味がないので。プロになったといっても私はいまだに10年くらい前にホームセンターで買ったシャフト棒と、自転車店でもらった穴の空いたゴムチューブで筋トレをやっていますから。

――最後に、プロランナーとして目指す形などがあれば聞かせてください。

川内 理想とするプロランナーがいないので、自分で新しい道を開きたいですね。これからもたくさんレースに出るスタイルを変えるつもりはないですし、プロになったからとマネジメント会社などをつけて雁字搦(がんじがら)めにされるのはイヤなので、基本は自分で考えてやっていければ。

有名選手が出ないような小さなレースにプロの自分が出て、市民ランナーの皆さんに刺激や喜びを与えることもできるのではと思っています。競技者としては、あと5年、もしくは3年かもしれないですが、マラソンは生涯続けられるので、これからも日本全国、いや世界中を回りたいです。


婚約者の水口侑子さん(右)は元実業団所属のランナー。5月5日のバンクーバーマラソンではそろって優勝の快挙

取材・文・撮影/栗原正夫 写真/時事通信社