コクヨのオフィスチェア「ing」。座り続けることを悪とするのではなく、座ることを健康的にしようと考えてつくられた(筆者撮影)

「働き方改革」推進でテレワークをする人が増えてきたのではないだろうか。最近では副業の許可もあって、職場以外に自宅などで仕事場を必要とする人も増えている。この春、フリーランスに転向した人もいるだろう。そうした中で重要になるのが、座る環境だ。実は「座りすぎは健康に悪い」という認識が専門家の間でも広がりつつある。

日本は「総座位時間」で、サウジアラビアと並んで世界最長の420分だという論文が注目された 。早稲田大学スポーツ科学学術院教授の岡浩一朗氏は著書『長生きしたければ座りすぎをやめなさい』 の中でも、座りすぎは寿命を縮めているとの研究を紹介した。14の疾患による死亡リスクが上昇しているといい、WHOが警鐘を鳴らす。

健康的な生活を実現するためのテクノロジーでも、「立つこと」に注目している。世界で最も売れているスマートウォッチ「Apple Watch」は消費カロリーやエクササイズとともに「スタンド」、すなわち1時間に1分以上立っているかどうかを記録する機能を2015年の発売時から取り入れている。意外なほど、座り続けることが悪であるという認識が広がっているのだ。

そこでコクヨは、オフィスチェアの一工夫で、座ることを健康的にしようと考えた。それが「ing」というオフィスチェア(10万440円)だ。

秘密はグライディング機構

これまでのよいオフィスチェアの定番といえば、メッシュの座面と細かい調節が可能なネジやレバーがたくさん付いている「アーロンチェア」に代表されるイスだった。それと比べると、ingは非常にシンプルな日本のオフィスでよく見かけるデザイン。置いてしまえば、他のオフィスチェアに紛れてしまうほどだ。しかし座って見ると、とりあえず「わっ」「あっ」と誰もが声を出すことになる。

座面が動くのだ。

正確には、座面を前8度、後10度、左右4度までグライドさせることができ、ちょうどコマの上に座っているような動きをする。もちろん角度がつきすぎて滑り落ちてしまうことはない。

しかし自然にしてても骨盤周りが動くし、逆に一定の位置を維持しようとしても、適度に筋肉を使うことになる。不安定さがなく、コツをつかんでくると、無意識でも自在に操れるようになってくる。ここまでの時間はものの5分もあれば十分だ。

今までちょうどよい高さと角度で固定していたイスだったが、ingでは何気なく前後左右に体を動かせるようになった。ディスプレーに向かってタイピングするときには前のめりになりがちだが、座面も前傾してくれるため、猫背にならずよい姿勢が保てる。1日中コンピュータで仕事をする筆者にとっては、背筋が伸びた前傾姿勢が取れるだけでも、かなり疲労感が軽減された。

一方で、タブレットや書類を手に取って眺めたり、アイデアを考えるときには、スッと体を後ろの方向に反らす。前傾姿勢からだと、7度で中心に戻って、さらに7度後ろに傾けることができ、リクライニングしてリラックスすることもできる。体の動きにイスが追随し、よい姿勢を保ちながらいろいろな体勢に切り替えることができるのだ。


レバーの操作などが必要なく体重移動だけで座面が動き体勢が変えられる(筆者撮影)

今までの高級チェアの場合、こうした動きをするためには、いちいちレバーの操作が必要だったはずだ。つまり、最適なポジションを決めたら、あとはめったに体勢を変えず、安定して座り続けることを目指していることがわかる。ingの発想は柔軟な体勢の変化を、体重移動だけで作り出している。非常に新鮮だし、積極的に体の動きを座りながら作りたい、と思えるようになった。

その一方で、より深くリクライニングしたいなどの細かい設定はingではできない。あくまで、仕事をするためのイスとして進化させた製品であるため、より多くのことをデスクのイスに望むなら、ほかの選択肢を考える必要がある。

「よっこらしょ」と言わなくなるイス

コクヨは、新しい代表的な製品を作るべく、ingの開発に取り組んだそうだ。コクヨ株式会社ファニチャー事業本部の佐藤詠美氏は、「よっこらしょ」と言わなくなるイスだと紹介する。座りっぱなしから立ち上がって体を伸ばそうとするから「よっこらしょ」というわけで、体が動いている状態からなら立ち上がるときにも大きな運動にならない、というだ。

佐藤氏によると、ingに6時間揺れながら座っているとおにぎり1個分、170キロカロリーを消費するという。6時間でウォーキング2.3km分に相当する。同時に、脳のアルファ波とベータ波も上がり、ちょうどよい集中状態で生産性が高まるという。「働き方改革の1つとして、従業員がいかに継続的に健康的に働けるかに加え、執務の質を高めることにもつながる」(佐藤氏)という。

開発の際にイメージしたのは「おきあがりこぼし」だ。体を動かせる座るモノとしてバランスボールもあるが、バランスボールに座りながら体を後ろに反らして伸びをすることはできない。バランスボールの感覚ながらイスとしての機能を保つことがゴールだったそうだ。

ingには背もたれの高さで3つのタイプから選ぶことができ、12色のカラフルなファブリックに加えて、昨年11月からはメッシュモデルも選択できるようになった。そして、Amazonからでも購入することができる。オフィスへの導入だけでなく、自宅のデスクにもマッチするイスを選ぶことができるだろう。