外国人技能実習生が職場から失踪するケースが増えている。どうすれば改善できるのか。埼玉県のある特別養護老人ホームの理事長は「そうした企業では外国人を“安く使える都合のいい人材”と考えているのではないか。うちの施設では外国人職員を積極的に採用し、定着率も高い。うまくいっている例があることも知ってほしい」と訴える――。

■ヤバいのは“安く使える都合のいい人材”と考える企業

昨年12月、外国人労働者受け入れ拡大に向けた改正出入国管理法が成立しました。採決までに繰り返された報道を、やり切れない思いで見つめていた人がいます。社会福祉法人「熊谷福祉の里」の中村洋子理事長です。運営する特別養護老人ホーム「クイーンズビラ桶川」(埼玉県桶川市)では、他に先駆けて外国人職員を採用してきました。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Dean Mitchell)

「議論を重ねることは必要だとは思いますが、出てくる話は『逃亡した』とか『トラブルがあった』とかいった外国人労働者に対するネガティブな話ばかり。彼らを“安く使える都合のいい人材”という発想が根底にあるのではないでしょうか」(中村理事長)

 

■失踪者は2013年からの5年間では2万6000人

法案審議をめぐっては、職場から失踪する外国人技能実習生が増加していると盛んに報じられました。法務省の在留外国人統計によると、2017年末時点で日本にいる実習生は27万4000人で、前年より20%増えています。一方、失踪した実習生は7089人で、こちらも前年より40%増えています。失踪者は2013年からの5年間では2万6000人になるそうです。

もちろん、失踪にはさまざまな理由があります。

「決められた金額をはるかに下まわる賃金しか支払われなかった」
「長時間の過酷な労働を強いられた」
「専門技能を学べるはずだったが、それとは異なる単純労働をさせられた」

このほかにパワハラ、セクハラの事例もあったそうです。彼らは約束を守らない日本の経営者に騙された被害者なのです。しかし、報道では年間7000人の失踪者数が強調されます。不法在留者の約1割が技能実習生として来た外国人というデータもあり、

「実習生の受け入れを増やすと何をしでかすかわからない人が増える」
「事実上の移民の容認であり治安が悪化する」

といった人々の不安をかき立てるほうに、議論は向かいがちです。中村さんの施設のように外国人労働者の受け入れで好循環が生まれ、成功している事例についても同時に知るべきでしょう。

■採用したベトナム人女性は、なぜ馴染めたのか

「クイーンズビラ桶川」の施設長を務める竹本妙子さんは、外国人職員を採用した経緯について、こう話します。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kazoka30)

「外国人の職員を初めて採用したのは2年前です。ウチも他の高齢者施設同様、人手不足に悩んでいました。限られた職員で対応せざるを得ないため疲れ切り、体が音を上げて休む者や離職する者が出る、残った職員の負担がさらに大きくなる、という悪循環が続いていました。そんな時、鴻巣市にある福祉専門学校に留学生が来ているという話を聞いた。どうしても職員を補充する必要があったので、面接をしていい人がいたら来てもらおうと考えたのが採用のきっかけです」

そして採用したのが、ふたりのベトナム人女性でした。

不安はありました。介護職員として採用する外国人は1年間日本語学校に通って日本語を習得し、2年間専門学校で介護を学んでおくことが必要。採用したふたりはそのプロセスを経てきており条件はクリアしていましたが、コミュニケーションはちゃんと取れるのか、入所者に適切な対応ができるのか、生活習慣や価値観の違いなどから職場に馴染むことができるのか、といった心配をしたといいます。

「でも、来てすぐにその不安は一掃されました。ふたりは日本語能力試験のN2(N5から最難関のN1まで5段階ある)でしたが、コミュニケーションは問題なく取れましたし、何より人柄がよかった。真面目で誠実。大変な仕事も嫌な顔を見せずにやってくれる。そしていつもニコニコして周囲をなごませてくれるんです。また、ベトナム人は親御さんをはじめ年長者を大切にする気持ちがある。入所者さんたちは当初、外国人にケアされることを不安がっていましたが、肉親のようにやさしく対応してくれるものだからとても喜んでくれて、孫のように思っている方もたくさんいます」

■日本人職員も触発され、仕事に前向きになった

彼女たちの働きぶりは、日本人職員を触発する効果もあったといいます。

「ふたりが入ってくれたことで、自分たちの負担が減ったということもありますが、それ以上に外国に来て介護という大変な仕事を頑張ってこなしている姿に触発されるものがあるんでしょう。以前にも増して前向きに仕事に取り組む姿勢が見られます。ベトナム語を覚えようとする者もいますし、互いを尊重し合う、とてもいい関係にあります」

この成功に手応えを得たクイーンズビラ桶川では翌年以降も積極的に外国人を職員として受け入れてきました。現在は日本語学校や関東福祉専門学校に通いながら働く研修生を含め、10人が勤務。ベトナム人が8人、中国人が2人です。最初に採用されたふたりは、介護福祉士の資格も取得しているといいます。

■ベトナムの平均月収の10倍以上を得られる

彼らは現在の仕事に満足し「ここでずっと働きたい」と言っているそうです。その大きな理由はやはり賃金でしょう。ベトナムの平均的な月収は1万5000円程度。ここでは日本人職員と同じ待遇にしており、その10倍以上の収入を得ることはできるのです。

最初に採用されたグエンティ・ホン・ニュンさん(27)が現在の生活や仕事について流暢な日本語で答えてくれました。

「ベトナムの実家に仕送りをしたうえに貯金もできます。昨年は休みをいただいて海外旅行も楽しみました。こんな生活はベトナムにいたら考えられませんでした。ただ、私がここで働いて感じる喜びはお金のことだけではありません。理事長、施設長をはじめスタッフはみな、やさしく接してくれますし、入所者の方をケアした時、ありがとうと言ってもらえるのもうれしい。仕事では大変なこともありますが、それ以上の喜びを感じています。毎日が充実していますし、このままずっとここで働きたいと思っています」

中央の黒のTシャツ姿がベトナム人のグエンティ・ホン・ニュンさん

■外国人職員の採用が順調には細やかな気遣いがあった

もちろん、外国人職員の採用がここまで順調な裏側には運営サイドの細やかな気遣いもあります。たとえば採用する際、理事長と施設長が2人を伴なってベトナムの実家を訪ねたというのです。

「ご両親からすれば可愛い娘が異国の日本で働くのですから当然心配します。ならば、どんな人が運営している職場なのかを知ってもらい、少しでも不安を取り除いていただこうと思ったのです。またそれとは別に、ご両親に会い、どんな環境で育ったのかを知れば、その子の性格や考え方も把握できるというのもあります」(中村理事長)

実家訪問は送り出す側と受け入れる側、双方の不安を取り除く効果があり、今後も続けるそうです。

また、待遇面も日本人職員と変わらないといいます。

「同じ職員なのですから当たり前のことです。だから、外国人が酷い待遇で失踪したなんて話を聞くと悲しくなります。同じ人間なのですから“働いていただく”という思いで接しないのはおかしいですよ。幸い当施設では外国人職員が入ってくれて大いに助かっていますし運営も順調に行っている。同じ待遇にしても十分やっていけることを知っていただきたいですね」

何人であろうと会社や組織のために働いてくれるのだから、同じ待遇、態度で雇用するのは確かに当たり前です。この当たり前のことができていないのが日本の多くの経営者ではないでしょうか。

「私たちも当初は外国人を採用することに不安がありましたし、環境づくりなどにもそれなりの苦労はしました。でも、こうしてとてもうまく行っている。その方法論は、当施設を訪ねてくださればわかると思います」

中村理事長はそう言って胸を張りました。

(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)