シャネルは12月、爬虫類などの希少動物の革と毛皮の使用をやめると宣言した(写真:Henry Nicholls/Reuters)

いまから約5年前の1月。ミラノで見たフェンディの2014年秋冬コレクションは、深く記憶に刻まれている。エレガンスを極めた洋服も印象的だったが、なにより、モデルが歩く50メートル以上あるランウェイに、黒の毛足の長いファーが敷き詰められていたことに驚いた。

フェンディは毛皮工房として1925年にイタリア・ローマで創業した歴史のあるメゾンだ。毛皮とともに発展してきたブランドだから、歴史と伝統に基づいたコレクションなわけで、何も悪いことをしているわけではない。ただ、ヨーロッパの伝統的な毛皮文化が2010年代に入っても何ら変わっていないことに、驚きを隠せなかった。

アルマーニにグッチ、ヴェルサーチェが続いた

このときのコレクションに対して、特に大きな批判は起らなかったと記憶している。けれどいま、仮に同じことをやったとしたら、大きな不買運動に発展しかねないだろう。それくらい、この5年で欧米の毛皮、つまりリアルファーに対する認識、価値観は大きく変わった。

実際に、大手高級ブランドも次々と、「脱毛皮」をしている。

動物素材を使わないサステイナブルなブランドの先駆者であるステラマッカートニーを例外とすれば、最初に動いたのはアルマーニ。2016年3月に、2016-2017年秋冬コレクションから全ブランドで毛皮の使用を廃止すると宣言した。

2017年10月には、いま最も勢いのあるメゾンであるグッチがこれに続き、ミンク、コヨーテ、タヌキ、ラビット、カラクールなど、すべてのリアルファーの使用を廃止すると発表した。同様にヴェルサーチェ、マイケル・コース、ジミー チュウ、バーバリーなども、次々と脱毛皮を表明。今年12月には、シャネルが爬虫類などの希少動物の革(エキゾチックレザー)と毛皮の使用をやめると宣言した。

日本では、スナイデルやフレイ アイディーなどを展開するマッシュホールディングスが、グループ企業全体で脱毛皮宣言をしている。

ここ数年で急激に高級ブランドの毛皮離れが進んだ理由はいつくかある。

1つは、これまで決して表に出ることがなかった毛皮の生産工程の動画が、動画サイトやSNSで拡散されたことが挙げられる。真贋のほどは定かではないが、ウサギやフォックスなどの動物が、生きたまま皮を剥がされる動画は多くの人にショックを与え、リアルファーに対する嫌悪感が一気に世間に広がった。

もう1つは、「エコファー(フェイクファー)」の技術の進化だ。エコファーには、主に異型断面のアクリル短繊維が使われていて、本物の獣毛のような風合いを持つ高級品の領域では、日本が世界をリードする立場にある。リアルに限りなく近い風合いを持つエコファーの進化により、リアルファーの必要性がなくなってきているのだ。

もはや「ラクジュアリー=毛皮」ではない

3つ目は、ラグジュアリー市場の価値観の変化だ。ここ数年のモードは、ストリート・ファッションが席巻しており、「ラグジュアリー=毛皮」という価値観が減退した。いまや多くの世界中の若者にとって、ナイキのレアなスニーカーや、オフホワイトのフーディのほうが、毛皮より価値の高いものなのだ。以前はリアルファーを成功の象徴として着ていたアメリカのラッパーやセレブリティも、近年は積極的に着なくなってきている。

動物保護団体の活動も激しさを増している。9月には世界各国の動物保護団体が毛皮を使用しているプラダに対して、電話やメールなどで抗議行動を実施。これを受けてプラダは、段階的な毛皮の使用削減を明言。もはや、多くのトップメゾンにとって、リアルファーをショーで見せるのは、大きなリスクになってきている。

前述の通り、リアルファーの代替品として、需要が高まっているのがエコファーだ。エコファーの原料は、主に扁平型の異型断面のアクリル短繊維。断面形状を工夫し、さまざまな太さや長さを組み合わせることで、ラビット調、ミンク調などのさまざまな表情を作り出している。

エコファー向けの扁平型アクリル繊維は、三菱ケミカルの「ファンクル」、日本エクスラン工業の「ランビーナ」「フィーノ」、カネカの「カネカロン」などが代表的な存在で、世界でも高いシェアを誇っている。

こうした優れた扁平型アクリル繊維を、本物と見紛うようなエコファーに仕上げているのが、和歌山の高野口パイル産地の織物、編物メーカー。衣料向けでは岡田織物、中野メリヤス工業、日本ハイパイルの3社が強く、各社とも欧米の名だたるトップメゾンにエコファーを供給している。


エコファー専業のブランドも誕生している(写真:ハウル―提供)

海外ではエコファーの専業ブランドも出てきている。2015年にアメリカ・ニューヨークで創業した「HEURUEH(ハウルー)」は、PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)の承認済みのエコファーを使ったブランド。リアルファーでは出せない発色のよいエコファーを使ったコレクションは、日本を含め人気が高まってきている。

ただ、エコファーにも問題がないわけではない。「エコと名前に付くので、なんとなく環境にいいイメージを持たれることが多いが、エコファーとはフェイクファーの呼称が変わっただけのことであり、とくに環境に優しいわけではない」(繊維業界紙記者)のだ。

アクリル繊維の原料はアクリロニトリルで、石油や天然ガスから作られたプロピレンに、アンモニアと酸素を合成して作られたもの。ポリエステル繊維の原料は、テレフタル酸とエチレングリコールという2つの化学物質で、両方とも石油や天然ガスから作られている。

基本、石油由来のものだから生分解しないし、生産や洗浄の過程で、近年大きな問題になってきているマイクロプラスチックが発生する。マイクロプラスチックは洗濯機による家庭洗濯でも発生し、そのほとんどは下水処理施設のフィルターをすり抜け、最終的に海や川へ流れ込んでしまう。これはエコファーだけでなく、ほとんどすべての合繊衣料が抱える問題で、解決のメドは立っていない。

大事なのは「ちゃんと考えて」着ること

一方の毛皮は生分解されるし、当然マイクロプラスチック問題とは無縁である。動物倫理的な問題を除けば、エコな素材と言えないこともないが、現状の製造工程には大きな問題があると言わざるをえない。今後は、牛、豚、羊などの食肉副産物として使用される革を含め、アニマルライツ(動物の権利)の遵守と、トレーサビリティー(飼育、加工、製造の過程)の消費者への周知を徹底する必要があるだろう。

筆者自身は、リアルファーとエキゾチックレザーに関しては部分使いのものを含め、これまで数点を購入してきた。今後は、新品を積極的に購入することはないと思うが、購入してきたものはこれまで通り使うし、不要となったものはリユースサイトなどで販売し、必要な人に引き継いでもらう。また、古着に関しては、欲しいと思ったら買う。一度消費されたものは、長く使ったほうが命をいただいた動物への感謝が伝わると思うからだ。


世界的にも注目されているダブレットのファーコート(ダブレット提供)

食肉副産物のレザー製品に関しては、新品も買うし、これまで購入してきたものも使う。なるべく長く使えるものを選ぶが、不要になったものはリユースサイトで販売し、必要な人に引き継いでもらうようにしていきたい。

今年の冬は、いま世界で最も注目されている日本のブランド、ダブレットのファーコートを購入した。素材は高野口パイル産地のエコファーで、後ろにはハスキーの大きな顔がハンドペイントで描かれている。滑らかな肌触りで、リアルファーとは違った魅力があって、とても気に入っている。

リアルファーとエコファーの問題は、人の数だけ多様な価値観がある。アニマルライツ、トレーサビリティーの徹底は人類共通の課題として取り組むべきだが、何を選択するかは個人に委ねられるべきだろうし、他人に自分の価値観を押し付けるべきではないと思う。大事なのは、ちゃんと考えて着ることではないだろうか。