オーナーズファイル(4)
シェイク・マンスール/マンチェスター・シティ

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昨シーズンのプレミアリーグを制したマンチェスター・シティ photo by Getty Images

 2003年のロマン・アブラモビッチによるチェルシーの買収は、世界中の新世代の「ビリオネア」(10億ドル以上を持つ資産家)たちが英国フットボール界に進出するきっかけを作った。そして2008年には、初の「トリリオネア」(1兆ドル以上を持つ資産家)ファミリーがプレミアリーグのクラブを手にした。

 マンチェスター・シティの現オーナー、シェイク・マンスール・ビン・ザーイド・アル・ナヒヤーンの「ナヒヤーン家」だ。アラブ首長国連邦(UAE)の最大の首長国であるアブダビを統治する王族は、100兆円を超える資産を保持していると言われている。

 2007年7月からシティを所有していたタクシン・チナワット(タイの元首相)は、2006年に起こった軍のクーデターにより祖国で失脚。2008年7月には財産を凍結され、クラブを売りに出していた。そこでシェイク・マンスールが迅速に動き、投資会社アブダビ・ユナイテッド・グループ(ADUG)を設立して買収に動いたのだ。

 ADUGは推定2億1000万ポンド(約402億2000万円※当時のレートで計算。以下同)でシティを買収し、シェイク・マンスールがクラブのオーナーに。当初はドバイ出身のADUGのスポークスマン、スレイマン・アル・ファヒムが表に出てきたが、この動きを好意的に受け止める人は少なかった。不動産業界でのし上がった当時30代前半のアル・ファヒムは、現アメリカ大統領のドナルド・トランプさながらの”傍若無人”な人柄で知られていたからだ。

 アル・ファヒムは、翌2009年にポーツマスを数週間だけ所有して混乱を引き起こし、今年にはその資金の一部を妻から盗んだとして告発されている。シティ買収直後に「クリスティアーノ・ロナウド(当時マンチェスター・ユナイテッド)を獲る」とまで豪語していたが、彼はすぐに職を解かれ、理知的なカルドゥーン・アル・ムバラクが会長に就任した。

 ロナウドの加入こそ実現しなかったが、シティの移籍市場での”大盤振る舞い”はここから始まった。買収が完了した数時間後に3200万ポンド(約61億3000万円)でロビーニョを獲得してから、今年1月の移籍市場までに彼らが費やした総額はゆうに10億ポンドを超える。2011年、シティは英国フットボール市場最高額となる1億9700万ポンド(約251億6000万円)の移籍赤字を記録している。

 カネの動きはわかっても、オーナーのシェイク・マンスールの素顔はあまり知られていない。イギリス国内でインタビューに応じたことは一度もなく、この9年間でシティのホームゲームに現れたのは一度だけ。買収の動機についても、憶測するほかなさそうだ。

「ビジネスの意味合いにおいて、プレミアシップ・フットボールは世界でもっとも優良なエンターテイメント商品であり、信頼できる投資先だと我々は考えている」

 彼はクラブ買収時にそう声明を発表しているが、他のビジネスと比較すれば、フットボールでの見返りは少ない。『フィナンシャル・タイムズ』紙によると、彼らは2008年の経済危機の際にバークレイズ銀行の救済に20億ポンド(約4000億円)を投じ、その後数カ月で国家のエネルギー投資機関を経由して14億6000万ポンド(約1971億円)の利益を得ている。

 我々が知りうるのは、シェイク・マンスールがアブダビの王族における最重要人物のひとりということくらいだ。アブダビはUAEでもっともリッチでパワフルな首長国である。

 UAEという国家は1971年にマンスールの父シェイク・ザイードが7つの首長国を束ねる形で建国した。アブダビがオイルの権益のほとんどを握っており、石油輸出国機構(OPEC)の発表によると、UAEが貯蔵するおよそ1000億バレルのオイルのうち、実に9割以上がアブダビのものだという。

 マンスールはシェイク・ザイードが最愛の妻との間に設けた6人の息子”バニ・ファティマ”のひとりで、特権的な立場にある。皇太子は兄シェイク・モハメド・ビン・ザイードだが、マンスールも国家の要職に就いており、ウェブサイト『ウィキリークス』が公表したアメリカの国家文書には次のように書かれている。

「マンスールはシェイク・ザイード慈善事業財団や(国家企業の)国際石油投資会社(IPIC)の会長である。1989年には(アメリカの)サンタバーバラ・コミュニティカレッジに在籍しており、英語は流暢に話すが、学業の成績は芳しくなかった」

 マンスールは30代前半から、多くの重要なポジションを任された。2004年にはUAEの大統領官房相に就任。アメリカの情報コミュニティーによると、病に伏していた故シェイク・ザイード大統領の「守衛」のような存在だったという。そして2009年にはUAEの副首相に就任。世界最大の政府系ファンドである国際石油投資会社(IPIC)の会長も兼任することになった。

 2000年代に入ってから、UAEは「ビジネスや休暇に最適な、オープンで自由な国」というイメージを世界に定着させようとしていた。しかし実情は大きく異なる。

 UAEには民主主義がなく、言論の自由も抑圧され、国外からの労働者を維持するため”カファラ”システム(中東各国が移民を募るため古くから利用するスポンサー制度で、人権団体から「不法労働の温床」と指摘されている。カタールでは2016年に廃止)を使用している。同国の住民の約9割が外国籍(主にインドやパキスタン、バングラデシュ人など)で、その多くは建設現場の労働者や運転手、メイドとして低賃金の劣悪な環境で働いている。

 長く放置されていた中東の外国籍労働者問題は、カタールが2022年W杯を開催することになり、ようやく耳目が集まるようになった。

 活動家や人権組織によると、近隣のUAEにはその問題がより大きく蔓延しているという。アメリカに基盤を置く非営利の国際人権組織、ヒューマン・ライツ・ウォッチは「労働者は強制労働と同じ条件にうまく組み込まれている」と、移民労働者の置かれた状況に関するレポートに記した。

 ともあれ、シェイク・マンスールのマンチェスター・シティ買収はとてつもなく大きなものへと変容した。シティ・フットボール・グループ(CFG)は世界中に確かな刻印を残し始めている。

 大なり小なりCFGが所有権を握るクラブは、ニューヨーク・シティFC(アメリカ)、メルボルン・シティFC(オーストラリア)、アトレティコ・トルケ(ウルグアイ)、横浜F・マリノス(日本)、ジローナ(スペイン)。また、2015年には中国のメディア投資ファンドに13%の株式を売却した。すると、中国の習近平国家主席がマンチェスター・シティのトレーニング・コンプレックスを訪れ、セルヒオ・アグエロ、デイビッド・キャメロン英首相(当時)と一緒にセルフィーに収まっている。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチは、マンチェスター・シティの買収とCFGの安定した運営は「アブダビのイメージ回復の手段だ」と主張する。

「クラブを買って広告スペースを手にし、自分たちのブランドを広める。航空、旅行、建設などの企業が世界中に知られ、取材するプレスに対しても力を持つようになった。そしてアブダビの価値のいい面ばかりが語られ、人々の視線を逸らそうとしている。事態はよりひどくなっているというのに」

 ピッチ上の眩いばかりの結果により、シティのホームスタジアムであるエティハド・スタジアムは光り輝いている。シェイク・マンスールがクラブを買収して以降、プレミアリーグを3度制し、チャンピオンズリーグの常連になった。2017-2018シーズンのプレミア制覇で手にした賞金は約1億5000万ポンド(約215億1500万円)で、業績もうなぎのぼりだ。

 イメージ回復、利益、エゴ……。理由はどうあれ、シェイク・マンスールがマンチェスター・シティを買ったことにより、マンチェスターという街に世界的なクラブがもうひとつ増えたのは事実である。

 でも一体、いくら使ったって話?

■著者プロフィール■
ジェームス・モンターギュ

1979年生まれ。フットボール、政治、文化について精力的に取材と執筆を続けるイギリス人ジャーナリスト。米『ニューヨーク・タイムズ』紙、英『ワールドサッカー』誌、米『ブリーチャー・リポート』などに寄稿する。2015年に上梓した2冊目の著作『Thirty One Nil: On the Road With Football’s Outsiders』は、同年のクロス・ブリティッシュ・スポーツブックイヤーで最優秀フットボールブック賞に選ばれた。そして2017年8月に『The Billionaires Club: The Unstoppable Rise of Football’s Super-Rich Owners』を出版。日本語版(『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』田邊雅之訳 カンゼン)は今年4月にリリースされた。