そして、肺のように「呼吸」をする塚は、超個体の拡張した外部器官と解釈できる。すなわち、シロアリの群と塚が一体となって「生きている」のだ。

 シロアリは、風の吹き方などの環境の変化に応じて、絶えず塚を修復している。塚とシロアリの集合体が「生き物」だとすれば、そうした修復は「ホメオスタシス(恒常性の維持)」にあたるのではないか。暑いときに発汗して体温の上昇を防ぐ、といった体内の状態を一定に保とうとする働きである。

 ターナーたちは、シロアリの塚に「建築の未来」があると指摘する。現在の建築は、すべからく設計図が先にあり、厳密にそれに従って作業が進められる。完成した建物は、小さな修復はあるかもしれないが、原則として固定的に維持される。

 だが、シロアリの塚の建築プロセスは、それとはまるっきり異なる。設計図はない。建築中に風の強さや方向、土の温度や固さなどを感知し、それに適応するように造っていく。前述のように完成した後も常に環境変化に合わせて構造を変化させていく。正確に言えば「完成」はしないということだ。建築はシロアリの群れが存続する限り「継続」する。生物が生命を維持するのと同じように。

 こうしたシロアリの建築アルゴリズムは完全に解明されたわけではなく、ターナーたちの言う「建築の未来」が実現するのは、まだまだ先だろう。

 ただし、建物内部でAIやIoTを使ってエアコンなどを自動調節する「生きている家」はすでに登場している。こうした動きと、シロアリのアルゴリズムが結びつけば、エネルギーの使用を最小限に抑えた快適なエコハウスが誕生するのではないか。

 その可能性を信じながら、現在の酷暑は、今できる対策を駆使して乗り切るようにしよう。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『生物模倣』
-自然界に学ぶイノベーションの現場から
アミーナ・カーン 著
松浦 俊輔 訳
作品社
372p 2,600円(税別)