本線上で試運転中の230系試作車両。2018年中の営業開始を目指す(撮影:Peter Tandy/提供:Vivarail Ltd.)

イギリス・ウェールズ&ボーダーズ路線の運行権フランチャイズを獲得し、今年10月から同地域の列車運行を担うことになるケオリスアメイ(KeolisAmey)社は6月、ディーゼル・バッテリー駆動の新型車両230系3両編成5本を導入すると発表した。2019年中旬よりチェスター―クルー間やコンウェイ渓谷など、同社の運行区間へ順次投入される予定という。


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この新型車両は、英国ヴィヴァレイル(Vivarail)社の製品だ。聞き慣れないメーカー名だが、それもそのはず、同社は3つの基本理念――低コスト・低メンテナンスの車両を生産すること、新たな技術を開発し利用すること、乗客・運行会社・環境そして鉄道業界全体に革新的でスマートなアイデアをもたらすこと――を掲げ、2015年に創業したばかりの新興メーカーだからだ。

地下鉄旧型車がディーゼルに!

230系は、乗客の快適性とサービス・クオリティ向上を目標に掲げ、全座席にコンセント設置、無料Wi-Fi、冷房装置(英国を含む欧州は一年を通じて比較的低温のため、現在も車両によっては必ずしもエアコンが設置されているとは限らない)、自転車積載スペース、車椅子対応トイレなどが装備される。

だが、この230系車両には大きな特徴がある。それは、この車両のボディと台車が、ロンドン地下鉄で35年以上にわたって使用され、廃車となったD78型車両のものを再利用している点だ。内装や動力装置などは新しくなるものの、れっきとした中古車なのだ。


今年中にロンドン地下鉄から姿を消すD78型車両。登場時はアルミ車体無塗装の銀色だったが、現在はロンドン交通局の標準塗装に塗られている(筆者撮影)

D78型車両は、1980年から1983年にかけてロンドン地下鉄へ導入された車両で、現役時代はロンドン市内を東西に横断するディストリクト線で使用された。旧式の制御装置を搭載し、内装も陳腐化していたため、現在は最新型車両への置き換えが進められ、ロンドン地下鉄での活躍は2018年限りとなっている。

本来であれば、営業から退いたあとはスクラップとなるところだが、ヴィヴァレイル社は耐久性があり、かつ軽量なアルミ製の車体に注目。これをこのまま活用することで、大幅なコスト削減を実現したのだ。

「元ネタ」豊富というメリットも

もともと地下鉄で使われていた電車を地上用のディーゼルカーへ転用する、という大胆な発想は、なかなか思いつかない。日本でも引退した地下鉄車両が地方の鉄道へ中古車として譲渡される例はあるが、それはあくまで車体や走行装置などをほぼそのまま活用して、他社へ移籍するというもので、この230系のように、車体のみを活用し、足回りから内装まで完全新設計の準新車へ生まれ変わるケースは聞いたことがない。

ロンドン地下鉄といえば、「チューブ」という愛称の元となった円形のトンネルやその断面に合わせた筒状の独特の車体形状でよく知られている。そのような地下鉄車両を地上用に転用するのは難しいのでは、と思うかもしれない。だが、ロンドン地下鉄にはディストリクト線をはじめ、車体断面が一般的な鉄道と同じ地上線用標準規格の路線もある。D78型はその標準サイズのボディを採用しているため、地上路線用に転用が可能だった。

また、このD78型は全部で6両編成75本、実に450両も製造された車両のため、新車への置き換えによって毎週のように余剰車両が解体場送りになっており、当面はベースとなる車体やパーツが不足することがないという大きな利点もあった。

230系は、地方ローカル線での運用のほか、都市部近郊地域での使用も考慮しており、「シティ」「コミューター」「カントリー」という3タイプの仕様が用意されている。「シティ」はロングシート主体で片側4カ所のドアはそのまま活用、トイレは設置せず、主に短距離の通勤用としての位置付けだ。

一方「カントリー」は、中間2つの扉を埋めてドアは片側2カ所だけを使用。埋めた扉の部分には新たに座席を設置し、荷物置き場や多目的トイレなども設け、より長距離での運行を考慮した設計としている。

その両者の中間的な位置付けとなる「コミューター」は、ロングシートとクロスシートを半々で設置、地方都市の通勤輸送にも考慮した設計としている。こうした各仕様は、事業者の用途や好みに応じて、柔軟に変更することが可能だ。

動力源も低コスト化

また、230系は使用する事業者の用途や路線に応じて、車体だけでなく動力方式もディーゼルタイプ、バッテリータイプを造り分けることができ、さらにバッテリーは、現在注目を集めている燃料電池方式を選択することが可能となっている。終点駅に自動給電システムを設置することで、非電化路線でもバッテリー充電を行うことが可能だ。


230系に使用されるバッテリー(提供:Vivarail Ltd.)

ディーゼルもバッテリーも、これらの動力源はすべてモジュール化されており、ディーゼルエンジンを搭載した車両も、のちにバッテリー駆動へ簡単に変更することが可能となっている。さらに、ディーゼルエンジンとバッテリーを組み合わせることで、ハイブリッド車両として使用することも可能で、コストや需要などを考え合わせながら、運行会社が自由に動力源を選択できる柔軟性を備えているのだ。

コストの削減は、中古ボディの再利用のほかにも工夫が凝らされている。この車両のディーゼルエンジン仕様は、エンジンによって発電した電気でモーターを動かす、いわゆる電気式ディーゼル車両であるが、そのエンジンに乗用車用の小型サイズのものを採用、製造コストのみならず、燃費などのランニングコストやメンテナンスコストの削減にも考慮している。

こうしたコストの抑制は、赤字に苦しむ地方ローカル線の運行会社はもちろんのこと、多くの鉄道会社にとって非常に大きな助けとなることだろう。


工場内で製造が進められる、ウェストミッドランズ・トレインズ向けの230系車両(提供:Vivarail Ltd.)

現在、230系はケオリスアメイ社以外に、すでにウェストミッドランズ・トレインズ社とも3両2編成を導入する契約を結んでおり、こちらは一足早く本年12月より、ベッドフォード―ブレッチリー間で営業運転を開始する予定となっている。ウェストミッドランズ・トレインズ社は、日本のJR東日本および三井物産が出資している運行会社として以前ご紹介しているが(2017年8月17日付記事「JR東日本が英国で鉄道運行する『本当の狙い』」)、ベッドフォード―ブレッチリー間はその1路線である。

低コスト車製造の新形態になる?

このように、一見順調に進んでいるように見えるヴィヴァレイル社のプロジェクトだが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。2016年12月30日には、実験線で走行試験中だった230系の床下から火災が発生、原因の究明と再発防止策が講じられるまで、テスト走行も中止となった。

その後の調査で、火災の原因はエンジンに搭載されたターボチャージャーからの燃料(高度に圧縮された混合気)漏れで、そこに引火したことで火災へとつながったことが判明した。営業運転前のテストで乗客はいなかったこと、また30分間にわたって燃え続けたものの、客室への影響が最小限だったことは不幸中の幸いであったが、この火災事故によって営業開始の時期は少々遅れてしまった。

とはいえ、営業開始前にトラブルの洗い出しができたうえ、長時間にわたる火災に対する耐久性が図らずも実証された、と前向きに考えることもできる。

都市部で活躍した後、新車への置き換えによって廃車となり、そのままスクラップとなるはずだった大量の中古車両をうまく活用し、低予算の車両を製造するという、これまで前例のない新たなビジネスモデルとして、ヴィヴァレイル社の取り組みは注目される。

現在、納入が決まっている2社以外に、同車両を採用する会社が出てくるか否かは、ここでの成功に掛かっていると言えよう。ヴィヴァレイル社は、230系で培われた技術をベースに、将来的には完全新設計の車両開発も視野に入れており、今後の展開から目が離せない。