ひと昔前は、会社に就職して、係長、課長、部長というように出世をし、定年退職を迎えて余生を過ごす。そんなライフスタイルが当たり前とされてきました。

しかし最近は、会社に勤めているものの、自分の生活を最優先に考え、できれば出世をしたくないと考える人も増えてきています。一部では、このような人たちを「出世したくない症候群」と呼ぶこともあるのだとか。

考え方は人それぞれだし、出世をしたくないと考えるのも自由。特に20〜30代の女性は、結婚や出産といったライフイベントの関係もあり、出世をしたいけれど諦めるといったケースも考えられます。

「出世をしない」という生き方を選択することは、将来的にどのような影響があるのでしょうか。そして、出世をしないと決めた場合、会社でどのように立ち回ればいいのでしょうか。キャリアコンサルタントの瀧本博史さんにアドバイスをもらいました。

■出世したくない! その理由は?

そもそも、「出世したくない症候群」の人たちは、なぜ出世をしたくないのでしょうか。単なる怠け者であるというわけではなさそうです。

◇仕事内容の急な変化がストレスになる

出世をすると、自分の仕事だけをすればいいというわけではなく、部下や後輩の面倒を見る機会も増えます。自分が新しい役職となったときから、仕事内容には変化が増えるので、ストレスを受ける機会も増えます。そのため、出世をしたくないと思ってしまうのです。

◇周囲の目を気にする機会が増える

出世をすると、周囲の見る目が変わります。行動ひとつをとっても、本人は以前と変わらないことをしているつもりなのに「課長なのに休憩ばかり」というような見られ方の変化によってストレスを受けることもあります。これも出世はしたくないと感じる理由のひとつでしょう。

◇プライベートがなくなる

責任のある立場になると、たとえ休日であっても仕事上のトラブルなどが起こった場合、職場へ向かう必要があります。トラブルはいつ起こるか、いつ収束するか予測できないもの。自分の時間を自分でコントロールできないことは、ストレスにつながるため出世を拒むケースがあります。

◇仲間が仲間でなくなる

今まで同じ役職だった同僚と立場が変わることにより、心の距離を感じてしまう人も少なくありません。誘われていた飲み会に誘われなくなったり、休日のイベントに呼ばれなくなったりと、徐々に距離が開いていく寂しさを感じることもあるのです。

◇仕事の区切りがわからなくなる

「ここまでやったら今日の仕事は終わり」という場面が減り、「次やるべきことは?」と次の仕事を探すことが仕事に変わっていきます。出世をすると会社の発展を考えることも必要となるため、ひとつでも多くの仕事をこなすことで、会社の発展を実現していくことが要求されます。いつも何かに追われているような状態はストレスとなります。

◇家庭との両立が難しくなる

会社では役職者であっても、家庭では役職者ではありません。自分のパートナーは部下ではないので、自分の思うように動いてくれなかったり、自分の考えの範囲外の行動をとったりすることもあります。日常生活において仕事を優先させるべきか、家庭を優先させるべきか悩む機会が増えてしまいます。

以上のような理由から、出世をしたくないと考える人が増えているのではないでしょうか。

■出世したくなければしなくてもいい?

では、「出世をしたくない」と思っている人はそのままでもいいの? 特に、20代女性の場合、今後の人生や仕事のことを考えると、ある程度は出世のことも考えたほうがいいのでしょうか。キャリアコンサルタントの見解を紹介します。

◇会社の状態と自分の人生をよく考えて決断を

出世という道を選択しない決断をしてもいいとは思いますが、その場合は自分が働く会社の状態と、その会社が進もうとしている方向、そして自分の人生をどのように送りたいかをよく考えてから決断したほうがいいでしょう。

たとえば現行の法律では、育児休暇中の給料については会社側に支払いの義務がないため、休んでいる間どうなるのかという扱いは、実質各会社に任されています。加えて、育児休暇の申し出があった場合には、会社側がこれを断ることは禁止されていますし、「あなたが休むと代わりの人がいない」などの理由で出産に伴う休暇や育児休暇を会社側が拒否することも禁止されています。そして、休暇が終わって本人が職場に戻ったときの待遇に不利がないようにすることも会社側に求められています。

ただし、ご自身が職場に戻ったときの状態を考えて、今の会社の姿勢をよく見極める必要性はあると思います。会社側には、子どもが生まれる予定の従業員などへ個別に育児休業などに関する制度を知らせることが努力義務化されるなど、法律も徐々に改正されている面はありますが、やはり自分で確認することは重要です。自分の会社のロールモデルとなる年代の方に育児休暇や時短勤務などの実績があれば安心できますし、休暇を終えて復帰した方の話を聞くことも役に立つでしょう。もし職場にそういう方がいない場合は、行政機関に問い合わせるのもいいでしょう。働き方を選べるようになりつつあるということは、会社に自分の待遇を委ねるのではなく、自分ことは自分で責任をもつ必要性が出てきたということでもあるのです。

◇「人生100年」時代を見据え、出世もひとつの選択肢と考える

出世をするということは、マネジメント能力を高め、それを「武器」にできるというメリットがあります。今後AI化が進んで現場での労働力の必要性が減少してくると、幅広い仕事を管理できる能力が必要となってきます。20代から管理能力を養っていけば、将来的にも必要とされる場面が増えていき、万が一自分の仕事がなくなった場合にでも、管理の仕事に就くことができる可能性が高まるでしょう。「今がよいからそれでよい」という考え方もありますが、「人生100年」ということを考えたら、もっといろいろなことを楽しめる選択をしてもよいのではないかと思います。

■昇進の打診をスムーズに回避する方法

いろいろ考えた結果、自分は出世を選ばず現状のまま仕事を続けていきたい。そういう考えに至った場合でも、会社から昇進を打診されることがあります。そのとき、なるべく穏便に回避するにはどうしたらいいのでしょうか。

◇「自分にはまだやるべきことがある」と伝える

「今まで働いてきて、日々一所懸命改善に努めてきたが、まだまだ今の現場には自分が改善しなければならないことがこれだけ残っている。だから出世をして他人の面倒を見るという余裕はまだない」ということをアピールしてみましょう。目の前のことに一所懸命という姿勢を貫くことは、出世に必要とされる「仕事の幅」が広げられないことへのアピールへとつなげることができます。

◇「ほかの人のほうが向いている」と伝える

「自分にはそんな器はなく、適任者はほかにいるのではないでしょうか?」というアピールです。自分が今までやってきた仕事への自己評価の低い人は、他人の成果と能力に関しても適正な把握と判断が苦手だと評価される可能性があります。たとえ出世して部下をもったとしても、部下の成果に対して適正な評価ができない人なら、部下が納得できる査定もできないという可能性があるので、それらは不満のもとへとつながります。このことから人間関係がギクシャクし、そういった状態を招きたくないから自分は出世する必要がないということをアピールできます。

◇「今の状態が自分に合っている」と伝える

「仕事もプライベートも充実している今の状態を壊したくない」というアピールです。仕事が充実しているのはプライベートが充実しているから、それが働く目的になっているという意味合いもあります。ほかには、指示を受けたことを一所懸命やるという自分の姿勢がもっとも自分らしいという意思を伝えることも効果的です。ストレスチェック制度が法律により義務化された現在では、仕事にだけ力を注ぐことよりも、ワークライフバランスの充実のほうが重要視されつつあります。これは、自分が望む人生を実現していくためには「仕事だけがその手段ではない」という考え方も含まれるからです。このことから、出世をして常に「会社のためになる新しい何か」を仕事以外の時間にも考える必要性は、仕事とプライベートをはっきりと分けたい自分の生き方には合わないと宣言できる場合があります。

■長い人生を考えてよりよい決断を

ワークライフバランスが重要視される現代において、会社での出世が人生のすべてという考え方はもうないといってもいいでしょう。しかし、出世をすることで得られるものがあることも事実です。責任から解放された自由な生き方を選ぶか、20年30年先を見据えて出世をして経験を手に入れるか、それは個人の考え方次第。どちらが今の自分、そして将来の自分にとって有益か、よく考えてみるといいでしょう。

(文:瀧本博史、構成:三浦一紀)

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