人は、“麻布十番”という街にどんなイメージを持つだろうか?

港区民が住まうセレブタウン。都内屈指の名店が集まるグルメの街。それとも、庶民的で気取らない、下町風情を残した居心地の良さ?

訪れる人によって、十人十色の景色を見せるこの街。

これは、麻布十番在住の少々奇抜な男女の生態記録である。

これまでは犬を溺愛する美人妻、大人の色気漂う“十番おじさん”、イケメン外資マーケターを紹介したが、今週は...?




<今週の麻布十番住人>

名前:麻里奈
年齢:27歳
出身:埼玉
職業:PR会社勤務
ステータス:独身
趣味:ワークアウト
好きな店:『ヴィア ブリアンツァ』

『ALLIE』のカウンター席に現れた麻里奈は、“都心の最前線の女”をそのまま体現するような外見をしていた。

スリムな身体に、目鼻立ちが品よく整った綺麗な顔。肌は艶々と輝いているし、シックなミニワンピから伸びる形の良い脚に思わず目を奪われてしまう。

モデルやタレントをしている、と言われても、特に疑問は持たないだろう。

濃いピンクのリップも、さり気なく肩に下げられたシャネルも、27歳の彼女に抜群に似合っている。

「十番の暮らし?もちろん気に入ってますよ。通勤にも遊びに行くにも便利だし、美味しいお店もたくさんあるので」

人懐っこい、可愛らしい笑顔で答える麻里奈。

だが、どうしてだろう。

そう答えた後のほんの一瞬、彼女の瞳は冷たく曇る。

それに麻里奈は、華やかな外見には似合わない、どこかギスギスと尖った空気を放っていた。

「毎日楽しい...ですけど...。最近は、ちょっと悩みも多いかな...」

若さと美貌という女の最強の武器を手にし、仕事も恋愛も充実しているに違いない彼女。

だが話を聞くうちに、そうした“花盛りの女”なりの焦りや虚しさが浮き彫りになってきた。


贅沢を覚えるほど、募る不安と焦り。その正体とは?


もっとイイ思いをしてる女がいるんじゃないか?


「...港区女子?私が?まぁ、別にどう見られても構いませんけど」

六本木のPR会社に勤務し、プライベートもほとんど港区外には出ないという麻里奈。

ちなみに今住んでいる麻布十番のデザイナーズマンションは、知人のツテで破格の値段で借りているという。

本人にそれほど自覚はないようだが、交友関係も聞けば聞くほど華やかな彼女は、正真正銘の“港区女子”に違いない。

有名な起業家や、芸能人にスポーツ選手。麻里奈が赴く先々には、そんな派手な人種も珍しくないそうだ。

「でも...そういう人たちとは、だいたい“その場だけ”で終わりますから。少し仲良くなっても、お互いに益がなければ自然消滅。別に、友だちでも何でもないし」

だが、麻里奈はやはり冷めた口調でそんなことを言う。

“港区女子”という人種は、その若さと美貌を存分に有効活用し、人脈を要領よく駆使して成り上がっていく女たちではないのだろうか。

そして彼女には、そのポテンシャルは充分に備わっているように見える。

「成り上がるとか、成功したとか、そういう女の子は確かに周囲にいますけど、所詮結果論のサクセスストーリーですよ。

実際は、最初の一歩が踏み出せなかったり、割り切って他人の助けを得るのが恐かったりするのがほとんどだと思います。...そう、私みたいに」

自嘲気味に微笑む麻里奈だが、その口元に浮かぶ愛らしい笑窪が、何とも言えないアンバランス感を醸し出している。

そんな冷めた麻里奈も、つい最近までは煌びやかな港区ライフを楽しんでいたという。

パーティー、イベント、食事会、そして贅沢なデート。20代の綺麗な女はどこへ行ってもチヤホヤと主役扱いの連続で、それは単純に忙しく楽しい日々だ。




「でも、何か私、分かってきちゃったんです。そういうキラキラした生活は一時的なものだし、贅沢を覚えるほど、どんどん満たされなくなる...」

もっとイイ思いをしてる女がいるんじゃないか。自分は出遅れていないか。

予約の取れないレストランでシャンパンを飲んでいても、ランボルギーニの助手席に座っていても、焦りや不安ばかりが募っていく自分に気づいたそうだ。

そして、そんな女は“カッコ悪い”ことにも。

20代も後半に差し掛かると、周囲の女たちはそれぞれ結婚や起業といった道を歩み始め、だんだんと“現実”が迫ってくる。

「20代の女にとって、港区の贅沢な経験は“竜宮城”みたいなものです。長居しすぎると、まさに浦島太郎になりかねない。だから私も、きちんと地に足を付けた生活をしないとと思って...。

とにかく今は、好きな仕事を頑張ることにしたんです。でも実は、そんな風に思うようになったのは、“失恋”がきっかけかな...」

寂しげに笑った麻里奈は、最近起きた失恋ストーリーを話してくれた。


“若い男に興味はない”の、本当の意味とは?


幼い男に興味のない、幼い女


「最近まで、よくデートしてる人がいたんです。と言っても、もう40歳近いおじさんで、しかも奥さんもいたんですけど...」

麻里奈は声を潜めて語り始めた。

散々世間から甘やかされ、贅沢を覚えてしまった彼女は、同年代の幼い男には興味がなかった。

「と言っても、不倫とか変なことしてるわけじゃないですよ。ただ、適度に自尊心を刺激してくれて、少しイチャつく程度の会話を楽しむだけ」

プライベートは何だかんだと予定が入って忙しいし、本気の恋人を作るくらいなら、“既婚のカッコイイおじさん”くらいの存在がちょうどいい。麻里奈はそんな風に思っていたという。

それに年上の男相手ならば、多少の我儘は大目に見てもらえるし、レストランのセンスもいい。

その“おじさん”も麻布十番在住だそうだが、『かどわき』や『富麗華』などの有名店、また会員制の『桂浜』によく連れて行ってくれたそうだ。

「別に、そのおじさんを本気で好きになったとか、そういうワケでは決してないんです。ただ...」

27歳にもなると、そろそろ“結婚”の二文字が頭を過ぎり始める。

そうして若い独身男と現実的なデートを始めたとき、麻里奈はある“悲劇”に気づいてしまったのだ。




「“今だけ”って割り切って、軽い関係を楽しんでたつもりでした。でも、既婚のおじさんに甘やかされる環境が、いつの間にか自分のスタンダードになってたんです。そういう女は馬鹿だと思ってたのに...」

結局、“都合の良い関係”というものに代償はつく。

おじさんとの気楽なデートに慣れてしまうと、いざ独身男性とデートとなった際、ちょっとした不手際やセンスのなさに苛立つようになっていた。

「実は、顔だけはタイプの人と最近よく食事に行ってるんです。けど彼、外資系メーカー勤務のエリートではあるんですけど、とにかく自慢が多くて...。やっぱり同年代の男の子って幼いですよね」

顔はカッコいいし、条件も性格も決して悪くはない。

だが、年上の男と比べると未熟な彼には、どうしても恋愛感情が沸かない。とある日のデートでそれを確信した麻里奈は、もう彼と会うのはこれで最後にしようと思っていたそうだ。

しかし、そんな時に事件は起きた。

「彼と十番の商店街を歩いてたら、なんと“おじさん”にバッタリ遭遇しちゃったんです。しかも、綺麗な奥さんと愛犬まで一緒にいて...」

“奥さんは、夫婦というよりパートナー”

おじさんからはそんな言葉を聞かされていたが、彼らはどこからどう見ても素敵な円満夫婦だった。

彼の詭弁を真に受け、“オイシイとこ取り”の関係を楽しんでいると思っていた麻里奈は、そんな自分が酷く愚かに思えたという。

しかも若い彼の方は、どうやら動物好きらしく、無邪気に犬と戯れていたそうだ。

「何より衝撃だったのは、いつもはスマートなおじさんが、私を見て明らかに動揺してたことです。...たぶん、奥さんもあの挙動不審さには気づいてたはず。私も顔が引き攣ってたと思うし。

なのに、シレっと感じのいい笑顔で対応してて...何ていうか、“完敗”って感じでした」

そんな出来事を境に、麻里奈はおじさんと会うのもやめ、地に足のついた現実的な生活を意識するようになったそうだ。

さらに不思議なことに、これまで“イマイチ”と思っていた若い彼への印象も変わった。

「あの遭遇事件のとき、彼、“俺もあんな夫婦になりたい”って言ってたんです。未熟な男だってずっと思ってたけど、そもそも私だって子どもだったワケで...」

同年代の男になんて興味ないと思っていたのは、結局は、自分が幼かったから。

今となっては、幼くとも素直な彼と一緒に成長していく関係も悪くないと麻里奈は思っているそうだ。

そう言って恥ずかしそうに微笑んだ彼女の笑顔は、当初の尖った印象とは異なり、健全そのものだった。

―Fin