TECH PARKでのびのびと過ごす子どもたちと佐々木久美子さん。本社オフィスとTECH PARKの間の壁はガラスで、お互いの様子が見える(筆者撮影)

「今後10〜20年ほどで、米国の労働人口の約47%の仕事が人工知能(AI)やロボット等で代替可能になる」

2013年、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイ博士とマイケル・オズボーン准教授が発表した試算は、世界で話題を呼んだ。

2033年には、働く人の仕事の半分が機械に“奪われる”かもしれない――。それは衝撃的な未来であり、メディアはこぞって「なくなる仕事」を特集。2020年度から日本の小学校で「プログラミング教育」の必修化も決まった。機械化で社会が劇変する今、私たちはどうすればいいのか。特に子育て世代や子どもの教育にかかわっている人にとっては、悩ましいだろう。


子どもの成長に合わせて対応するため、児童心理学に詳しい臨床心理士がスタッフとして全体を監修(筆者撮影)

本稿の主人公は小学5年生から独学でプログラミングをマスターしてIT企業を設立した佐々木久美子さんだ。

佐々木さんが会長を務めるのは、福岡市に本社を置くグルーヴノーツ。専門知識がなくても機械学習を活用できるツール「MAGELLAN BLOCKS」を開発したり、Googleのパートナーオブザイヤーの最終候補に選ばれたりと、世界的にも注目される企業になっている。

さらに佐々木さんは“IT×学童保育”をキーワードに「TECH PARK」(テックパーク)というアフタースクールも運営している。これからの子どもたちがつけておきたい力について話を伺った。

働く親の子育てをフォローできる場所を作りたい

――佐々木さんは10歳でプログラミングを始めたとか。1980年代半ばといえば一般家庭にはパソコンがまったく普及していない時代ですね。

父が半導体関連の会社を経営していて、自宅にコンピュータがありました。ゲームが大好きだった私は、プログラミングでゲームができるとエンジニアさんに教えてもらったのがコンピュータに興味を持ったきっかけ。専門誌に書いてあるとおりにプログラム言語を打ったら、動くのが面白くて。

それでプログラマーになり、SE(システムエンジニア)、プロジェクトマネジャーを経て、2011年に起業に至りました。2016年4月には会社と同じフロアにアフタースクール「TECH PARK」をオープンしました。私自身に子どもがいて、働く親の子育てをフォローできる場を作りたかったんです。同時に、私たちだからこそできることを考えて、コンセプトは「テクノロジーと遊ぶアフタースクール」に。放課後と長期休みに小学生をお預かりしています。オープンから2年間で約300人が利用してくれて、現在、会員数は120人ほどです。

――まさにITと子ども教育の現場にいらっしゃるのですね。

IT教育について専門家がいろいろ発言されていますが、私は専門家ではありません。ただ、ITやテクノロジーにかかわる仕事をしていて、社会の方向性が見えるので、未来を意識した場づくりをしています。

――そもそも佐々木さんはテクノロジー(科学技術)をどう定義していますか?


佐々木久美子(ささき くみこ)/株式会社グルーヴノーツ代表取締役会長。福岡県生まれ。システムエンジニア、プロジェクトマネジャー等を経て、福岡のIT企業で交通系や医療系のシステムやクラウド、スマホを利用したサービスの開発を行う。2011年に起業、2012年社名を株式会社グルーヴノーツに変更して会長に就任。2児の母(筆者撮影)

テクノロジーは、世の中を便利にするツールのこと。

たとえば、アメリカでゴールドラッシュのとき、金を掘るための道具ができて、破れにくく作業しやすいズボンとしてリーバイスのジーパンが登場し、それを大量生産するための技術が生まれて……というように、工具も服もペンもコンピュータもテクノロジーで、世の中を便利にしようと広がってきた。

いろいろな使い方ができるツールなんですよ。身近にどんなテクノロジーがあるか、まずは意識してみるといいですね。

最近、脚光を浴びているシェアリング、仮想通貨・ブロックチェーン、クラウドファンディング、SNSなどの新しい文化も、テクノロジーで支えられている。

データに基づき、見ず知らずの人と信頼を構築して、国や宗教や時代を軽々と越境するテクノロジーは、みんなのもの。それを工夫して使っていくことが大切なんです。

Apple Accessibility」というサイトをご存じですか? 障害のある人でもどんな人でも、テクノロジーによって社会にコミットできると表現していて、すばらしい取り組みです。こういう世界観を次世代の子どもたちに伝えていきたいと思います。

技術の進歩により人が持つ能力の価値が変わる

――IT化が進む中で、社会はどのような方向に進んでいくのでしょう?

これまでの社会は、企業や政治などの情報がメディアを通して一方的に伝達され、統一化された仕組みに人が合わせてきました。


子どもたちから「ささくみさん」「かいちょー」と呼ばれる佐々木さん。「もともと子どもが苦手だった」が、今はみんながかわいくてたまらないという(筆者撮影)

でも、今は誰もが情報を発信できるようになり、リアルタイムで世界中のことがわかり、双方向で情報を共有できる。さまざまな人の声が表面化して、サイレントマジョリティも見える。#Me Tooもそのひとつ。これまでの常識が非常識になってコンフリクト(衝突・矛盾)を起こし、混沌としていますよね。

これからは、多様化・複雑化するニーズに合わせてサービスを作ることが求められていく。そして、個性や人間らしさがより大切になると私は考えています。あなたの価値観、あなたは何ができるかという個性が重視される社会になっていくんじゃないでしょうか。

――技術の進化によって、大切なことも変わってくると。

これから価値が下がるのは、「暗記力」「ルーチンワーク」「言われたことを言われたとおりにやる能力」「分析力」「答えのある問題に対する正解能力」「ロジカルシンキング」「語学力」など。なぜなら、すべて機械がやってくれるからです。

――どれも日本の教育で重視されてきたことのような気がします……。

そうなんです。反対に価値が上がっていくのは、「コミュニケーション力」「未知の事例への対応力」「創造力」「想像・発想力」「センス」「好きだという気持ち」「ファシリテーション」あたりだと思います。

――「機械に仕事を奪われる」という考え方は、どう思われますか?

人がやらなくていいことを機械が代わりにやってくれるわけで、まったく悲観しなくていいんじゃないかな。機械化が進むと、人はやるべきことから解放されて自由になり、クリエーティブな力を発揮するチャンスが増える。何かをしたいと思ったら、人に伝えるためにコミュニケーション力が大切です。好きという気持ちから始まって、情熱、クリエーティビティ、対人関係など、本来の人間らしいことが重視されてくるでしょう。

子どもも大人も、時代の進化に気づいてちゃんと認めることが第一歩。世の中は意外とシンプルで、何より行動がすべてだと私は思っています。

――AIの活用が進む中で先日、自動運転の車が起こした死亡事故がニュースになりました。AIでも失敗をするのでしょうか?

もちろんAIに想定できないこともあります。たとえば、あの事故は暗くて想定外のところで起きてしまった。改善するにはどんなデータが必要なのかというのは、人が考えなければいけない。AIは人に与えられた環境でしか学習できないのだから。

子どもは好きなことを見つければ自ら学ぶようになる

――将来を見据えて、TECH PARKで目指していることは?


高学年の子どもたちは、自分でプログラミングした車を走らせていた。業界の第一線で働く社員がTECH PARKで教えることも多い(筆者撮影)

一人ひとりの好きなことや才能を見つけて、伸ばしてあげたいと思っています。これまで100以上のワークショップをやり、コンピュータに触れることも多かった。

たとえば、デザインしたり、絵を描いたり、音楽を作ったり、映像を作ったり。コンピュータはプログラミングだけじゃなくていろいろなことができる。自分がやりたいことを実現してくれるツールのひとつとして認識し、自然に使い方を身に付けてくれればと思っています。

子どもは最初から学びたいわけじゃない。遊ぶ中で好きなことを見つけて、遊びに学びがついてくる。たとえば、映像が好きになったら、ストーリーを考えるために国語や英語の力がついてくるとか。

――子どもたちと接してきて、どんなことを感じていますか?

最初の体験会のとき、プログラミングを2時間で教えたら、早く終わる子がいた。それで、次は最初に使い方だけ教えて自由にさせてみたら、みんな40分で終わった。子どもは大人が思っている以上に能力があって、もっとやりたいと思っているのだと驚き、変に子ども扱いしないと決めました。

私たちは子どもの一人ひとりの個性を潰さないように、子どもが主体的にやっていくのをサポートしています。子どもだって、新しいことをするときは勇気がいる。大人も子どもを信じてやらせてみる勇気が必要。勇気には勇気で応えてあげたいですね。

――最後に、小学校でプログラミングが必修化されることについてどう思いますか?

必修化したからって全員がプログラマーになるわけではなく、やっぱり好きな人しか残っていかないと思っています。ただ、母数が増えることはいいことかもしれませんし、身の回りの事象を知ることはこれから必要ですよね。プログラミング思考というけれど、それだけでは世の中の問題は解決できない。子どものうちからITやテクノロジーに親しみ、決して振り回されず、道具として使いこなすという感覚を身に付けてほしい。そして、社会のさまざまな課題を解決できると伝えていくことが大切だと思います。