1998年にインターネット広告の代理店として創業したサイバーエージェントは、今や売り上げ3700億円を誇る大企業となった。事業領域の拡大を貪欲に進めた結果だが、特筆すべきはM&Aといった手法ではなく、多くの新規事業をゼロから社内でつくり上げてきたことだ。それを可能にする経営手法とは……。

■スタートアップ(新規事業)の創出に意欲

AbemaTVなどを手がけ、インターネット系新興メディアの台風の目となっている株式会社サイバーエージェント。その創業は、インターネットの黎明期の1998年である。サイバーエージェントはその後の20年ほどで、急成長を遂げた。現在の売上げは3713億円であり、この5年間で見ても売上げの伸びは2.3倍と大きな成長を果たしている(図1)。

サイバーエージェンントという企業のひとつの特徴は、本業での成長に加えて、社内アントレプレナー(起業家)を輩出し、スタートアップ(新規事業)を創出することに意欲的に取り組んできたことにある。

サイバーエージェントが最初に手がけたのは、ネット広告の代理店事業である。当初は小さな市場でしかなかったPC向けネット広告の市場は、その後大きく成長し、サイバーエージェントは、この市場での国内No.1企業となっている。現在のサイバーエージェントのPC向けネット広告事業の売上げは449億円にのぼる。

とはいえ、この金額は、現在のサイバーエージェントの全売上げの12%程度にすぎない。現在のサイバーエージェントでは、2004年以降に立ち上げてきたゲーム、メディア、そしてスマートフォン広告といった領域が、会社全体の売上げを支えている。

サイバーエージェントは成長企業であるが、その成長は事業領域の拡大を貪欲に進めたことによって一段と大きいものとなっている。そして注目すべきことに、サイバーエージェントは、これらの新規事業の多くをM&Aではなく、ゼロから社内でつくり上げてきた。

■社内スタートアップをうながす制度

サイバーエージェントは、インターネット関連の各種領域で新たなサービスを生みだし続けるべく、社内でスタートアップを次々と立ち上げてきた。同社のゲーム事業などには社内でのスタートアップから育った事業が少なくない。

サイバーエージェントにおいて、事業の成長と拡大が続いているのは、成長産業であるインターネット関連の領域で創業したからだと見ることもできる。とはいえ、先見の明や、運のよさだけで、社内に次々とスタートアップが生まれ、成長していくことはない。サイバーエージェントの社内で次々とスタートアップが育つのは、同社が社内にユニークな制度を整えてきたからだといえる。

サイバーエージェントが、アントレプレナー型人材の育成において重視してきたのは、「決断経験」である(曽山哲人・金井壽宏『クリエイティブ人事』光文社新書、2014年、曽山哲人『強みを活かす』PHPビジネス新書、2017年)。サイバーエージェントでは「決断経験」は、その人がかかわってきた仕事における(1)と(2)の大きさで決まると考えている。

(1)自分自身で決めたものが、どれだけ多くあるか。
(2)そこで決めたものが、その後どれだけインパクトのあるものになるか。

■新卒社員がいきなり社長!?

では、「決断経験」を大きくするには、どうすればよいか。指示待ちの仕事をしているかぎり、40歳になっても50歳になっても「決断経験」は膨らまないまま、日々がすぎていく。

そこでサイバーエージェントでは、新卒社員に子会社の社長をまかせたりするなど、可能なかぎり多くの社員が、若いうちから決断経験を大きくしていくことをねらいとした人事を進めてきた。

「いきなり、その若さで社長がつとまるのか」と思われるかもしれない。では、サイバーエージェントではどうなのか。その答えは、やはり「できない」だという。しかし「できなくてもよい」のだという。どのようなロジックでサイバーエージェントは、このように考えるのか。

「なぜなら、それでもずっとまかせていくと、できるようになる」

これがサイバーエージェントの考えである。スポーツでも何でもそうだ。最初はできなくても繰り返していると、やがてできるようになる。

飯塚勇太氏は、サイバーエージェントへの入社前の内定者の段階で、子会社の社長となった。当時開発した写真共有アプリが、半年間で100万ダウンロードを突破する勢いを見せた実績を認められてのことである。しかし、その後この子会社が順風満帆であり続けたわけではない。スタートアップのきっかけとなった写真共有アプリは、利用者は多いが無料だった。収益源を確保するべく、新たに投入したアプリは不発で、子会社は倒産寸前に追い込まれた。

このような挫折も体験しながら、飯塚氏は、新たなアプリ開発者向けBtoBサービスの投入によって事業を立て直すことに成功する。その後はさらに新たな業態の事業も立ち上げながら、現在はサイバーエージェント本体の執行役員も務めている。飯塚氏は、20代で社長をつとめれば、失敗も起こりがちだが、「能力開花のスピードは上がる」と語っている。

経営者を育てたければ、経営者をやらせるのがよい。この大原則を外してしまったまま、研修だけでは人材は育たない。40歳で子会社の社長に就任した場合、それまでのビジネス経験はあっても、社長経験はゼロである。そうであれば、社長経験を早く積んでおく方が有利である。このような発想でサイバーエージェントは社内の制度を整備してきた。

■スタートアップ創出をねらいとした制度

サイバーエージェントは、社内スタートアップの創出をねらいとした数多くの制度を用意している。以下では、その主要な制度運営を紹介していこう。

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【あした会議】
「あした会議」は、サイバーエージェントの売上げと利益に大きく貢献している。すでに「あした会議」が生みだした子会社が、サイバーエージェントには20社ほどできており、累積で700億円ほどの売上げと100億円ほどの利益を生みだしている。

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「あした会議」では、役員対抗で決議案を持ち寄ってバトルを行う。「こういう新会社を始めた方がいいのではないか」とか、「こういう人事制度を導入した方がいいのではないか」などの提案が行われる。

「あした会議」は8人いる役員のうち、社長を除く7人の役員が各人チームを持つが、まずはチーム編成のためのドラフト会議からはじまる。ドラフト会議では1から7までトランプのカードを引き、1番を引いたら、1番目にどの部署の誰でも自身のチームに指名でききる。こうやって、営業MVPの山田君やデザイナーのエースの鈴木さんなどを獲得していき、各役員のもとに4名から成るチームが編成される。

「あした会議」には、各役員が自身の担当分野での提案は行ってはならないというルールがある。各役員が担当する部門以外の部門の課題や機会を見つけて、「あした会議」では提案を行わなければならない。

したがって、先の4名のチームメンバーは、直下の部下ではなく、他部門のメンバーを加える方がうまくいく。そうなると、役員たちは、管轄する部門以外の課題や機会に加えて、人材にも目を光らせておく必要があり、結果的に役員間の部門横断的な情報交換が進む。こうしてイノベーションが生まれやすい組織の土壌が養われていく。

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【スタートアップJJJ】
「スタートアップJJJ」は、「あした会議」などを経て決まった新規事業の早期立ち上げを図る仕組みである。原則設立2年以内で、収益化していない新規事業を対象に、時価総額によって事業をランク分けしている。ちなみにJJJとは、事業(Jigyo)人材(Jinzai)時価総額(Jikasougaku)を意味しており、この3つを育成していくプログラムがスタートアップJJJである。

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スタートアップJJJでは、時価総額が算定不能〜1億円未満だと「シード」、1億円以上〜5億円未満で「アーリー」、5億円以上〜10億円未満で「シリーズA」、10億円以上〜30億円未満で「シリーズB」、30億円以上〜50億円未満で「上場前夜」となる。このように新規事業をランク付けすることで早期成長を促すと同時に、6四半期連続シード継続や3四半期連続粗利益減少すると事業撤退といった撤退基準を明確にしている。

その先は、時価総額50億円以上で「スタートアップJJJ」卒業となり、黒字化した事業を営業利益別にランク分けする上位プログラムの「CAJJプログラム」に入る。このように、新規事業を生みだすだけでなく、撤退基準を明確化し不採算事業への固執による損失の拡大を避けると同時に、新規事業へチャレンジを促す仕組みを設けることで、新たな収益事業の創出を図っている。

■かつては退職率が30%もあった

サイバーエージェントでは、社内の制度設計にあたっては「挑戦と安心はセットで考える」ことを大切にしてきた。一般に人間は、失敗を怖れる。新規事業へのチャレンジに及び腰になるのは、失敗するのが嫌だからである。挑戦をうながす制度を用意する一方で、安心して働ける環境を整えておかなければ、社内で意欲的な挑戦が次々と生まれることはない。

スタートアップには避けがたく失敗が生じる。したがって、安心して働ける環境を社内に用意せずに挑戦をあおるだけでは、チャレンジングな行動をうながすどころか、萎縮させてしまう。

かつてのサイバーエージェントは、事業を撤退するたびに退職が相次ぐという状態で、年間の退職率は30%ほどだった。そこで福利厚生などについての社員からのリクエストにこたえ、安心を確保する制度の整備を進めた。だが、それだけでは、退職者は減らなかったという。難度の高い挑戦に本気で挑んできた社員にとっては、福利厚生がしっかりしているというだけでは、撤退時の気持ちの切り替えができなかったのである。

サイバーエージェントはこの問題をいかに克服したか。そのカギは「挑戦をいかにうながすか」だった。挑戦する社員の目を、感情的な報酬に向けさせる。このアプローチによってサイバーエージェントの高かった退職率は低下していった。

感情的な報酬とは、非金銭的な報酬である。たとえばサイバーエージェントには、8人の取締役のうち2人が2年に1回入れ替わる「CA8」という制度がある。取締役を外れる人は降格なのかというと、そうではない。サッカーチームであれば、オランダ戦だとこういう布陣、韓国戦だとこういう布陣と、対戦相手によってチームを変える。それと同じように、事業戦略を次の2年間にどのように進めるかを踏まえて、その都度ベストなチームをつくる。これが「CA8」である。取締役を外れて、新会社を担当することの方が、価値が高いということもある。再度取締役となることもある。

このように、金銭的な報酬とは別のところで、挑戦と挫折のなかでの気持ちの切り替えをうながしていく。これが感情的報酬であり、「CA8」の他にもサイバーエージェントには、感情的報酬につながる制度がいくつもがある。

社内アントレプレナーであれ、スタートアップであれ、その果実をものにしていくために有効なのは、手近なところに実行可能な活動を見いだし、素早く動き出しつつ、そこから生じてくる事態に向き合い、目標を柔軟に変更したり、新たな見通しを立てたりする行動である。ここで紹介してきた例は、サイバーエージェントが社内に確立してきた制度の一端にすぎない。

何よりも重要なのは、これらの制度が社内アントレプレナーやスタートアップに必要な行動を、そこに挑む人間の感情を踏まえて、合理的にうながしていくものとなっていることである。人間の行動や感情を無視した合理性からは、人の集団としての企業の活力は生まれない。

(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)