居酒屋にとっての目玉商品であるビールの値上げは客離れにつながりかねない(写真:jazzman / PIXTA)

「うちはプレモルでよかったですよ。値上げされなくて済みますからね」。ある飲食チェーンの首脳はそうほくそ笑む。

10月から11月にかけ、アサヒビール・キリンビール・サッポロビール・サントリービールの大手ビールメーカー4社はそろって瓶ビールと居酒屋向けなど業務用の生ビール樽の値上げを発表した。

2018年3〜4月出荷分から値上がりする。各社によるとスーパーなど店頭の大瓶価格で10%ほど上がる見通しだという。

アサヒが「スーパードライ」、キリンが「一番搾り」といった主力ブランドを値上げする一方で、サントリーが値上げするのは「ザ・モルツ」や新ジャンル「金麦」のみ。同社の居酒屋向けビールの約6割を占めるという主力「ザ・プレミアム・モルツ」(プレモル)樽の価格を据え置いた。

約10年ぶりの大幅値上げ

大手メーカーが一斉にビールの出荷価格を値上げするのは、原材料価格の高騰を吸収しきれなくなったことによる2008年の値上げ以来、約10年ぶり。

先陣を切ったのは業界トップのアサヒだった。10月4日にアサヒが他社に先駆けて値上げに踏み切ることを発表、「突然のことでかなりのサプライズだった」(競合メーカー)。アサヒに遅れること約1カ月で残り3社も次々に値上げを発表した。

この発表を受け、すでに値上げに動いた居酒屋もある。2017年2月に東証マザーズに上場した、居酒屋を運営するユナイテッド&コレクティブが首都圏を中心に展開する鶏料理居酒屋の「てけてけ」では、11月に生ビールの価格を税抜き199円から同240円に値上げした。

てけてけで扱っているのはサントリーのザ・モルツ。「値上げの発表を受けて、ビールの仕入れ価格の上昇を企業努力ではもうこれ以上吸収できないと判断した」(会社側)。

てけてけに限らず多くの居酒屋にとって、今回のメーカー値上げによる影響は大きく出そうだ。今年6月に改正された酒税法では、酒類免許を持つメーカー、卸業者、小売店各社の総販売原価(原価に物流費や人件費を加えたもの)を下回る価格での酒類の安売りが規制された。居酒屋は、卸業者や酒販店からの仕入れ価格の上昇という形ですでに影響を受けている。


スーパーなどの小売店では法施行直後に影響が出た。小売物価統計調査によると6月に店頭でのビール6缶パックの価格は約6%上昇している。これに対して、競合が激しい外食店では値上げが客離れにつながりかねないため、「どこが先に値上げするのか様子見し合っていた」(都内居酒屋チェーンのオーナー)。

小売店から数カ月遅れの9月から10月にかけ、ハイデイ日高が展開するラーメン店の「日高屋」や焼き鳥店の「鳥貴族」などで値上げが相次いだ。一方で、いまだに仕入れ価格の上昇分を価格に転嫁できずにそのまま吸収している外食店も多い。

プレモルは逆張り

外食店にとり来年のメーカー値上げは、酒税法改正の影響に加えてダブルパンチの仕入れ価格上昇につながる。

そんな中、サントリーのプレモルを扱う外食店はひとまずダブルパンチは避けられた格好だ。冒頭の飲食チェーン首脳と同様にプレモルを扱う鳥貴族の購買担当者も、「今回のことに関しては、うちはほとんど無関係だから」と余裕を見せる。

なぜ、プレモルの価格は据え置くのか。理由の1つは、もともとの価格設定にある。

メーカー各社が値上げの理由に挙げるのは、物流費の高騰だ。メーカーの総販売原価に含まれる物流費は、ドライバー不足で高騰を続けている。居酒屋向けではビール瓶も生ビール用の樽も回収する必要があり、その必要がない缶製品よりも物流コストがかさむのだ。「一部ではすでに総販売原価を割っている製品もあった」(アサヒ)。

対してサントリーは「プレモルは高価格帯の製品で、物流コスト増の影響を吸収できる」(会社側)としている。「プレモルの仕入れ価格は他社のビールより1割程度高い」(都内居酒屋チェーンのオーナー)という価格設定であり、総販売原価が販売価格を上回らないため値上げの必要がないという理由だ。


値上げを機にシェアが拡大したことも

ただ一方では「社内ではビール類市場でのシェアを現在の約16%から10%以上上げるよう号令がかかっている。これまでも値上げのときがシェアをアップするチャンスだった。今回も間違いなく狙っているはず」(サントリーのOB)と指摘する向きもある。

実際、2008年の値上げ時、ほか3社が軒並みシェアを落としたのに対しサントリーのみが前年比1.4%増とシェアを広げたという経緯がある。缶ビールなどの値上げを他社より半年遅らせたことが大きな要因になった。

2017年上半期のビール類市場でのシェアはアサヒの39.5%、キリンの31.7%に次いで、サントリーは15.9%にとどまる。さらにシェアを伸ばそうと思えば、プレモルより低価格な他社の主力ビールと競合することになる。価格面では不利な分、「他社の値上げで少しでも(価格差を)圧縮してシェアを取りたいという意識が強い」(前出のサントリーOB)。

人件費の高騰など逆風が続く居酒屋業界。ビールメーカーのシェア争いにも巻き込まれ、苦悩は続きそうだ。