コミュニケーション能力の高さが長期政権を支えている(撮影:尾形文繁)

大山鳴動ネズミ一匹。拍子抜けするぐらいドラマのない衆議院議員総選挙は、安倍晋三首相が率いる自民党の大勝に終わった。来年9月に予定されている自民党総裁選で安倍氏の3選が決まれば、その在任期間は第1次内閣を含め、憲政史上で最長となる可能性があるという。


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政治信条やその周囲のスキャンダルはさておき、安倍氏のコミュ力についていえば、この記事の中でも触れたように、伝えようとする「意欲」という点では、最近の宰相の中でもとりわけ高い。そうした努力が、戦後3番目という長期政権を可能にしてきたフシがあるのではないか、と考えているわけだが、そのコミュ力の強みの根幹は「型を破る」ことにある。

筆者は新聞記者やエグゼクティブのコミュニケーションコーチとして、これまで何百人という日本人トップを間近で観察してきたが、この「『型』を破るという関門」を突き抜けられるトップは、残念ながら非常に少ない。つい先日も、東京モーターショーのプレスデーに出掛け、自動車関連企業約20社の日本人トップのプレゼンをすべてチェックし、(個人的趣味として)勝手に点数をつけてきたが、「突き抜けた」トップはそのうち、ほんの数人だった。

インフォーマーとパフォーマー

プレゼンターには2種類のスタイルがある。「Informer(インフォーマー)」と「Performer(パフォーマー)」だ。インフォーマーは、ただ淡々と、事実を知らせる、報告する人で、演台の後ろで原稿を「読む」タイプ。パフォーマーは、そこにストーリーを入れ、演じ、聴衆の感情を動かす人で、ジェスチャーなどを交え、ショーとして「見せていく」タイプだ。

現在の日本で、このパフォーマー型の先駆けとなった経営者といえば、ソフトバンクの孫正義氏やトヨタ自動車の豊田章男氏だろう。2011年、豊田氏が熱く車への思いを語ったこのプレゼンが有名だが、当時は、「痛々しい」「わざとらしい」などと自動車業界の中でも揶揄する声が非常に多かった。しかし、ただ用意されたスピーチを棒立ち・棒読みするだけでは、聴衆の心はつかめない。日本最大のグローバル企業のトップとして、あえて手を広げ、「道化」になることを選んだのだ。

日本人はまだまだ、インフォーマーが圧倒的に多い。分厚い「殻」や「型」を破って、パフォーマーへと脱皮するのは至難の業だからだ。この2つのタイプは、まったくパラダイムの違う世界で、決死の覚悟と練習なしにはシフトは難しい。日本人特有の「恥」の意識を克服するという荒業は、ほんのちょっと背伸びをすればいい、というものではない。

一方で、「日本人には合わない」などと、いまだパフォーマーに対して懐疑的な声も多い中で、グローバル化の波に乗り遅れまいと、バージョンアップを図ろうとするトップも少しずつ増えている。

そうした区分でいえば、特に海外における安倍氏のコミュニケーションは、日本の政治家としては極めてレアなパフォーマー型といえる。官僚ではなく、プロのスピーチライターが手掛ける流麗なスクリプト(原稿)を徹底的に練習し、ジェスチャーを交え、時には英語でプレゼンをする。日本の首相としては初めて、米国上下両院の合同会議でスピーチを行ったときも、細部にわたって綿密に計算された内容が、高く評価された。安倍マリオの捨て身の演技も海外で大きな話題を呼んだ。

聞き手の視点に立つ=相手をおだてる

「彼は人の話を聞くのがうまいのではないか」。ある海外有力メディアの記者はこう分析する。「コミュニケーションの主役は自分ではなく相手」。これは「コミュニケーションの基本形」であるが、彼の海外でのスピーチには徹底的に聞き手視点に立ち、相手を立て、喜ばせる工夫が詰まっている。

日本企業のトップの話の基本形は「わが社は……」「私は……」という「自分語り」。相手が何を聞きたいのか、などまったく考えず、ただただ、抽象的な言葉を羅列し、自分や自社のセールストークを繰り広げるパターンが圧倒的に多い。一方で、安倍氏のスピーチはどれも、徹底的に「聞く人」のためのものだ。

たとえば、ロシアでのこのスピーチ。やや長いが以下に引用しよう。

「ヴォロネジ。言わずと知れた交通の要衝(都市)です。(中略)100万の人口をもつヴォロネジの悩みは、車の渋滞です。ここに、上流下流の信号同士が交通量の情報をやり取りして、緑の点灯時間を変えるシステムを導入しましょう。一塊の車が無理なく通れるだけ緑が続くので、渋滞が減る。発進、停止で出る排ガスも減らせます。古くなった下水道。古都では工事が難しい。それなら、地面を掘らずに、下水管を新品に換える技術を使いましょう。景観は傷つきません。鉄道の整備と、駅周辺の開発を一体で進めるプランも打ち出しました。駅があって、街がある。新しい都市のデザインを試みます。そうです。日本の技術にロシアの知恵。両国政府が目指すのは、ロシアの市民一人ひとりが、世界に、そして未来に向かって胸を張れる街づくりです」

主語はIよりもWeそしてYou。相手の抱える問題や悩みが何かを子細に分析し、その具体的なソリューションを提示する。「イノベーション」や「革新」といった日本のトップがよく使う抽象的で、概念的な常套句はいっさい出てこない。人の名、地名、エピソード、逸話、情景などを織り交ぜ、サプライズやユーモアを編み込んで、相手の脳裏に絵を描き、べったりと記憶に残す。インド、ロシア、アメリカ……。それぞれの国々の人々への思い、情熱の中に、さりげなく自己PRが込められる。そう、まるで、相手をおだてる「ラブレター」のようなスピーチなのである。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領にアメリカのドナルド・トランプ大統領。今、世界を席巻する強権リーダーたちは、男性ホルモン、テストストロンが充塡された、英語でいうところのAlpha male(「オス型」男性)が多いが、とにかく「オレ様自慢」がしたくてたまらないタイプだ。3時間、とうとうと演説を続ける人、上半身裸になって魚釣りをする人、口を開けば、自慢話しかしない人……。

そろいもそろった強権ナルシシスト系リーダーたちの話をしっかりと聞き、プライドを上手にくすぐり、懐に入り込む。これが安倍氏の得意技だ。「日本の首相、安倍晋三は、トランプを手なづけられるかもしれないたった1人のリーダー」。アメリカメディアにはこんな見出しが躍る。

彼の政治思想に対して、懐疑的な海外メディアも少なくはないが、「オレ様系」のリーダーが跋扈(ばっこ)する国際舞台において、上手におだてて、立ち回る「所作」はある意味、貴重で、特異な「プレゼンス」を発揮している。「外に出ていき、日本の声を世界に届けている」(US News)という見方が示すように、これまで「ジャパンパッシング」などと言われ、存在感が希薄化していた日本に再び、グローバルの注目を集めるという点で、安倍流「パフォーマンス」が功を奏している側面はあるだろう。

権力は「共感力」をマヒさせる

麻生太郎副総理兼財務相は衆院選後、講演で、自民党の勝利について「明らかに北朝鮮のおかげもありましょうし、いろんな方々がいろんな意識をお持ちになられた」と発言したが、人々の持つ「恐怖感」が自民党支持を押し上げたフシは否めない。「恐怖は人を保守にする」。これは多くの研究で実証されているが、9.11のあと、リベラル派の間にも共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領を支援する機運が高まったという研究もある。

こうした「不安」の時代にあって、安倍氏の海外での高い「プレゼンス」が、「強い日本」を求める一定の層にアピールしているきらいはあるが、国内の「好感度」という意味では、決して高いわけではない。「信頼できない」と感じる人も多いのは、「強さ」が傲岸さにひもづき、不遜な印象を作ることもあるだろう。

「絶対的権力は絶対に腐敗する」。イギリスの歴史研究家ジョン・アクトンの言葉は有名だが、実際に「権力は人を横柄にする」ことは科学的にも証明されている。カリフォルニア大学バークレー校のダッチャー・ケルトナー教授は長年、行動学の研究を続け、「自分に力があると感じたり、特権的な立場を享受するなど、権力を持った人はそうでない人より無礼で、身勝手、そして非倫理的な行動をとりやすい」(『ハーバード・ビジネス・レビュー』)と結論づけた。

ケルトナー教授によれば、裕福な人ほど、他人の感情などを理解する共感力が下がり、賄賂や脱税など非倫理的な行為が許されると答える確率が高かった。「企業で権力の座についている人は、職場でほかの人の話をさえぎる、会議中にほかの仕事をする、声を荒らげる、人を侮辱するようなことを言うなどの可能性が、下位のポジションにある人の3倍に上った」という研究もある。

まさに、権力は「共感力」をマヒさせる。安倍氏は選挙後、「謙虚に」を繰り返したが、「驕り」の先に待ち受けるわなを意識した言葉なのだろう。大声で自分の主張を押し通そうとする人や身近な人たちの意見だけを代弁するのではなく、国民の「声なき声」に「謙虚に」耳を傾ける。ぜひ、この基本動作を忘れないでいただきたいものだ。