米ニュージャージー州ニューアーク・リバティ国際空港の搭乗ゲートに、CNNニュースが流れていた。たいまつの火を高々とかざし、南北戦争の南軍旗を掲げ、ナチス式敬礼をし、銃を構えて完全武装する人たち。激しい殴り合いや蹴り合い。頭から血を流した男性。亡くなった女性の写真と名前、そして、現場に花や写真を手向ける人々が映された。

2017年8月12日、バージニア州シャーロッツビルで、白人至上主義者や極右団体が予定していた集会の参加者と地元の反対派の衝突で、死者が出る惨事となった。

「現政権になって起きた最大の悲劇」

それまでの何日間か、「北朝鮮」一色だった米国のニュース番組は、一斉にこの事件の報道に変わった。

搭乗ゲートにいた私の隣でひとり、テレビに釘付けになっている女性がいた。ユダヤ人だった。

「この国で、人種差別はずっと続いてきた。でも、トランプが大統領になってそれが助長され、自由に表現することに人々は躊躇しなくなってしまった。今回の事件は、トランプ政権になって起きた最大の悲劇。今、世界のどこにいても恐怖を感じるけれど、自分の国にいることが何より恐ろしい。アメリカはどうなってしまうのかしら」

女性は思いの丈を話すと、はっと気づいたように後ろを振り返り、声を潜めた。

「こういうことをうっかり口にすることも、できなくなった。誰が聞いているかわからないもの」

シャーロッツビルには、市内の公園にあるロバート・E・リー将軍の像を市当局が撤去するのに抗議しようと、全米各地から右翼の人々が集まっていた。リー将軍は米南北戦争で奴隷制維持のために戦った南軍の司令官であり、像は負の遺産であるとして、市議会で2017年4月、撤去が決まった。しかし、将軍自身は奴隷制度に反対していた。

南軍のために戦った将軍や兵士の像を撤去する動きは、米南部各地で起きている。その発端となったのは、2015年にサウスカロライナ州チャールストンの黒人教会で白人至上主義の青年が銃を乱射し、黒人の男女9人が射殺された事件だ。

白人至上主義者の恰好の抗議場所

シャーロッツビルは南部に位置するものの、都市にある多くの大学町がそうであるように、今では非常にリベラルな土地柄となった。民主党支持者が多く、2016年の大統領選では住民の8割がクリントン氏に投票した。

今回の集会の主催者のひとりは、「シャーロッツビルは大学町によく見られるマルクス主義に染まった極左のコミュニティで、何でも白人のせいにする土地柄」だと主張する。そのため、白人至上主義者の恰好の抗議場所となったようだ。

彼らはここで2017年5月にも、KKK(クー・クラックス・クラン)が以前、たいまつの火を掲げて黒人を脅したように、おどろおどろしい集会を催し、注目を浴びた。これに対し、集会に反対する人たちは、キャンドルに火を灯して抗議した。白人至上主義者の集会は7月にも行われ、約50人のKKKメンバーがローブを身につけたり、南軍旗を振りかざしたりして、現れた。これに対して地元住民など約1千人が、「人種差別者は帰れ」と抗議した。

8月には大規模な集会になると知り、住民の一部はその中止を市に求めていた。市側も市の中心部での集会は混乱を招くとして、許可しなかった。が、集会の発起人が裁判を起こして勝訴したため、市の意向に反して街の中心で行われた。

トランプ大統領はすぐに今回の衝突を非難したものの、「白人至上主義者」を名指ししなかったことで共和党支持者からも激しい批判を受けた。14日になって、「事実を知るのに時間が必要だった」と弁明し、ようやく「白人至上主義者」を批判する声明を発表した。

しかし、15日には、「暴力的だったのは、右派だけではない。左派にも責任がある」、「奴隷を所有していたジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンの像も撤去するのか」などと発言し、再び非難を浴びた。

「ハイル、トランプ!」

KKKの元リーダー、デービッド・ドューク氏が、「トランプを大統領にしたのは我々だ。左翼ではない」と訴えたように、極右勢力の中にはトランプ支持者も多い。集会では、「ハイル、トランプ!(Heil, Trump!)」と叫ぶ人たちもいた。

バージニア州のマコーリフ州知事は、「今日、シャーロッツビルにやってきた白人至上主義者とナチスにメッセージがある」、「帰れ。恥を知れ。お前たちは愛国者づらしているが、とんでもない」、「2度と戻ってくるな。お前たちの憎悪と偏狭な信念とともに出ていけ」と激しく糾弾した。

像の撤去に反対する地元の女性は、「像は芸術作品としても価値があるし、歴史は歴史として残したい。でも、今回のような人種差別的で暴力的な集会は許せない」と怒りをあらわにする。

同時多発テロ事件が起きた9月11日に、テキサス州の大学で「White Lives Matter」(白人の命も大切だ)とうたう集会を企画していたが、会場となるはずの大学が、今回の惨事を受け、キャンセルを発表した。

「Black Lives Matter」――。人種偏見によって黒人は虫けらのように殺されてきたが、「黒人の命も大切だ」という警察暴力への抵抗を表すスローガンをもじったものだ。

「黒人の人権は声高に叫ぶのに、白人が同じことをしてなぜ悪い」と白人至上主義者らは主張する。しかし、ナチス式敬礼をしながら「ホワイト・パワー」と叫ぶのは、果たして言論や表現の自由として守られるべきなのか。

南軍の将軍や兵士の像の撤去は、2015年の黒人教会での射殺事件を機に、全米各地で進められてきた。ノースカロライナ州ダーラムでは14日、バージニア州シャーロッツビルの事件を受けて、白人至上主義に反対する人たちが南軍兵士像にロープをかけて引き倒す事件が起きた。像が倒れると、大歓声がわき起こり、像を蹴りつけたり、つばを吐きかけたりした。

バージニア州の事件が新たな衝突の火種にならないことを、多くの人が望んでいる。

(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。