かつては世界の市場を席巻した日本の家電メーカーですが、近年は海外メーカーに押され低迷しています。その象徴がシャープです。台湾企業である鴻海(ホンハイ)精密工業に買収され、日本企業ではなくなってしまいました。

なぜ、これらの企業の競争力が低下してしまったのでしょうか。この現象は、ハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンが1997年に発表した「イノベーションのジレンマ」で説明できます。

クリステンセンは、イノベーションには2つのタイプがあると述べています。1つは、今ある製品をより良くする、つまり、従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足を狙う「持続的イノベーション」です。テレビのハイビジョン化は、その一例です。もう1つは、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないものの、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にとってはシンプルで使い勝手が良く、価格も手頃な製品をもたらす「破壊的イノベーション」です。

破壊的イノベーションは、さらに2つのパターンに分類できます。1つは、これまで製品やサービスをなにも使っていなかった(無消費だった)顧客にアピールする「新市場型破壊」。代表的な製品に、ソニーのウォークマンや任天堂のファミコンなどがあります。ウォークマンは屋内でしか聴けなかったオーディオを屋外に持ち出し、ファミコンはゲームセンターでしか遊べなかったビデオゲームを家庭に持ち込みました。

もう1つは、既存製品の主要性能が過剰なまでに進歩したために、一般消費者が求める水準を超えてしまっている状況(満足過剰な状況)で、一部のローエンド顧客にアピールする「ローエンド型破壊」。典型的な例が、ティファールの電気ケトルです。少量のお湯を短時間で沸かせる機能に絞り、低価格で提供したことにより、15年まで11年連続で日本国内売り上げシェアナンバーワンになりました。ブックオフや俺のフレンチ、ヘアカットのQBハウスなど、サービス業にも例は多いです。

■液晶テレビの転換点は2005年

日本企業の多くは、既存顧客を満足させる持続的イノベーションは得意ですが、破壊的イノベーションにはなすすべもなく打ち負かされてしまいます。なぜでしょうか。

図は、縦軸に既存製品の主要な顧客が重視する性能を、横軸に時間の経過を取ったグラフです。赤い点線は、主要顧客が求める性能の水準を表しています。例えば、自動車の中には最高時速400キロの性能を持つものがありますが、ほとんどの人はそこまでの性能を必要としません。また、最近4Kテレビが販売されていますが、4Kの性能を楽しめるコンテンツはまだわずかしかないため、多くの人はまだフルハイビジョンテレビで十分だと考えるでしょう。

このように、顧客が求める性能には利用可能な上限があり、その上限はユーザーの能力やインフラの整備状況、法制度などによって制約されているため、時間がたっても変化しないか、変化してもゆっくりとしか上昇しません。

一方、技術者は真面目なため、放っておくとひたすらある指標での性能向上を追求します。その結果、ある時点で、主要顧客が必要とする性能を超えてしまうことが起こります。性能向上が主要顧客の要求水準を下回っている間は、高性能化=高付加価値化の等式が成り立つ「持続的イノベーションの状況」です(グラフの左側)。この状況では、実績のある既存企業は「既存顧客の要求に応える」という強力な動機があり、勝てるだけの資源も持っているためほぼ必ず勝ちます。ところが、性能の向上が主要顧客の要求水準を上回ってしまうと(グラフの右側)、これ以上いくらこの性能を向上させても、顧客は価値の向上を感じられなくなる「破壊的イノベーションの状況」に陥ってしまいます。

日本の家電にも、この「イノベーションの状況」の変化が起きたといえます。液晶テレビを例に説明しましょう。

液晶テレビには、画面サイズ、応答速度、視野角、解像度、コントラスト比などの性能指標があります。登場したばかりの頃は、いずれの性能も一般の消費者の求める水準に達しておらず、性能を上げれば上げるほど顧客が感じる満足度も上がっていく「持続的イノベーションの状況」にありました。

しかし、05年頃には多くの指標において一般消費者の要求を満たす性能が実現し、その後は性能をいくら高めても、ユーザーにとってはあまり価値の向上が感じられない「破壊的イノベーションの状況」になりました。こうなると、性能面での差別化が困難となり、1インチ当たりいくらといった価格競争に突入します。液晶パネルや半導体産業のように、大規模な設備投資が必要でグローバルに取引される商品の場合、国際競争力に最も大きな影響を及ぼすのは、実は為替レートなのです。08年以降、円高とウォン安が同時に進んだため、日本国内で液晶パネルを生産していたシャープやパナソニックなどのメーカーは、性能面では差別化できず、価格面では韓国などのメーカーに太刀打ちできない、大変困った状況に陥りました。

このように、液晶テレビを取り巻く状況は、00年代半ば以降「破壊的イノベーションの状況」へと変化したにもかかわらず、日本のメーカーは「持続的イノベーションの状況」のときと同じようなマネジメントを続けていたために競争力を失ってしまったのです。

■ソニーに期待「新市場型破壊」

では、日本の家電メーカーは、これからどのような道を目指せばよいでしょうか。持続的イノベーションを追求する「王道(実は茨の道なのですが)」をあえて行くのであれば、まだ不十分な性能軸を探し、その向上へと開発目標をシフトする必要があります。

テレビに関して言えば、これまでのように4K、8K、16Kと精細度の向上をひたすら追い求めるのではなく、今後高齢化がさらに進むことを見据えて、「本当の意味で高齢者にやさしいテレビ」をつくるべきではないかと思います。極端に聞こえるかもしれませんが、リモコンは一切付属せず、スマートフォンでは既に当たり前になっている音声認識やAIエージェントの機能を搭載して、話しかけるだけでテレビ操作はもちろん、オンデマンドのコンテンツを楽しめたり、電話や買い物などもオールインワンでできる「頼れる執事」を目指してみる、というのも面白いかもしれません。

白物家電の場合、味覚のように奥が深い性能指標があり、設計・製造両面でも高い安全性・信頼性が求められ、手厚いサポートも必要です。

これらの事業を持つパナソニックは、より賢く使いやすい製品づくりをテーマに、持続的なイノベーションを引き続き追求するのがよいのではないかと思います。

ソニーは、ハイエンドなデジタル家電の分野で持続的なイノベーションを追求しています。専用のヘッドマウントディスプレイを使ってプレイステーション4に接続すれば、ゲーム空間に没入できるようになる「プレイステーションVR」や、アンドロイドOSを搭載し、インターネットの機能を備えたスマートテレビには期待が持てます。一方で、新たな市場を開拓するような製品開発にも力を入れており、スティック型アロマディフューザー、電子ペーパーを使った腕時計やリモコンなど、ユニークな製品も登場しています。こうしたチャレンジの中から今後、新市場型破壊を起こすようなイノベーションが生まれる可能性があるでしょう。

(関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科 副研究科長 玉田俊平太 構成=増田忠英 写真=AFLO 撮影=宇佐美利明)