■米国勤務時に身につけた習慣

私が愛用しているのは、日本能率協会のA5サイズのダイアリー手帳です。これには、その日に訪問する会社や来客予定、ミーティング、展示会の時間と場所などを書き込みます。こうしたスケジュールはアポイントが決まれば秘書が作成してくれ、グループウエアの電子カレンダーで共有。手帳とスマホは必携アイテムになっています。

いずれは、すべての情報を電子化したいと考えていますが、まだ手書きのメモも少なくなく、その意味では過渡期といえます。面会する人については、名刺データベースから会社での所属と役職、来社歴などを抜き出してもらう。それは、すんなりと会話に入っていくための予備情報の役割を果たします。

なぜ手帳に記入するかというと、日々の行動記録という意味があるからです。この習慣は、2003年から5年間、私が当社のアメリカ現地法人に勤務したときに身につけました。米国人社長のティム・ハッセルベックさんから「アメリカは訴訟社会なので、あなたも常日頃から自分の行動を手帳に記しておきなさい」とアドバイスされたことがきっかけでした。

もともと私は、子供時代から日記などを書くことが苦手。社会人になってからも、手帳をこまめにつけるほうではなく、日本にいた頃は、胸ポケットに納まる手帳を適当に使っていた程度です。けれども、このアメリカで覚えた手帳の活用方法は、私の“大切な財産”になりました。

手帳は、1ページが1日分になっていて、7時から17時まで1時間ごとに区切られています。そこが気に入って選んだわけですが、ここ2年ぐらいは18時以降の会食が増え、ページ下の余白に細かな字で相手と店名を記します。先日も、取引先との懇談で二次会まで付きあい、帰り際にタクシーチケットをもらったのですが、まだ電車が動いていたので使わず、記念にクリップで留めてあります(笑)。

それと、手帳にはメモ用紙を挟んだり、比較的大型の付箋を貼ったりすることも。これらは、ちょっとした気づきとか、社員への指示を箇条書きにしたものです。それらは、メモ類については、必要なものは電子化し、それ以外は役目を終えた時点で処分します。一方で本当に重要な情報、すなわち商品開発や市場戦略のアイデアは手帳には残さない。万が一それが漏洩したら、取り返しがつきませんから。

社員への情報発信のなかに「変化することを固定したい」ということがあります。やや抽象的な表現になっていますが、要は「変化し続けてください」ということです。12年1月にオープンし、ご好評をいただいている「丸の内タニタ食堂」は、その好例でしょう。

タニタが、タバコケースなどを作る金属加工会社としてスタートしたのは1923年。トースターのOEM(相手先ブランドでの生産)などを手がけ、92年に体脂肪計を商品化しています。以後、健康に関する計測機器メーカーとしてブランドを確立できました。つまり、創業90年の老舗企業ではありますが、その歴史は変革の連続でした。

先の東日本大震災後、本社社屋を耐震補強し終え、社員食堂の横に酒も飲めるコーナーを設置しました。組織の風通しをよくする目的で、缶ビールが1日2本まで無料。役員や部長には出張の際に地方の地酒などを差し入れるように頼んでいます。それまでの福利厚生のやり方を見直したわけで、「会社は常に変わっていくもの」とのメッセージを社員に送ったつもりです。

■子育てという“人生のサイクル”

私が大学卒業後、一時船井総合研究所でコンサルティング業務に携わっていたことから、よく「時間管理は上手でしょう?」と尋ねられます。しかし当時は、時間に追われて業務をこなしていくのが精一杯というのが偽らざる実情でした。

実は、コンサルタントの仕事というのは、クライアントに対して中長期の経営戦略におけるPDCA(計画・実行・評価・改善)のうち、前2つを提案しますが、後2つは企業側の役目です。私が評価の重要性を学んだのは、やはり米国時代でした。ティムさんには「きちんとチェックするんだ!」と繰り返し指摘されたことを覚えています。

当然、PDCAのサイクルを回して成果を出すには、効率的な時間管理が不可欠です。私自身、けっこう几帳面で、地方の講演などに行く際も早目に着くよう心がけますし、台風のシーズンともなれば、前泊するのが常です。

ところが、社長就任後に実感しているのは、自分の時間の使い方ではなく、組織を動かすためのタイムマネジメントの難しさ。食品の共同開発など外部とのコラボレーションも仕事に加わったことで、その日その日や週単位よりも長い視野で仕事を考えられるようになりました。今日の朝一番で秘書に指示したのは「年末の大掃除の日程を決めてほしい」。間もなく、スケジュールが手元に来ると思います(笑)。

07年に取締役になってから、プライベートはないと割り切って仕事をしてきました。基本的に仕事そのものが楽しいですし、これといった趣味も持っていません。あえて経営者の醍醐味を挙げるとしたら、会社が社会的に評価されることです。12年に「日本マーケティング大賞」を、今年も「企業ブランド大賞2015」を受賞しましたが、大手に伍して、タニタのような規模の会社が認められたことは快感に近いものがあります。

ただその考えも、一昨年に長女が誕生したことで、わずかながら変化しました。父親になったことを機に“人生のサイクル”として子育てを1日の時間に組み入れています。周囲には「すみませんが、これまでより早く退社することもありますが、多少大目に見てください」とお願いしました。

とはいえ、やはり会社は気になります。得意先との会食が予定より早めに終わったときは自宅に直帰せず、本社に立ち寄ることもあります。そこで、遅くまで残業している社員と語り合うわけです。それもまた、私にとっては貴重な時間です。

▼谷田社長のある1日

06:00 起床
08:15 出社
08:45 ラジオ体操
09:00 子会社取締役会
12:00 社員食堂でランチ
13:00 各部署との社内会議
14:00 移動
15:00 東京都計量協会の理事会へ参加
17:00 移動
18:00 丸の内タニタ食堂でのメニュー検討会
20:00 退社
23:00 就寝

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タニタ社長 谷田千里
1972年生まれ。立教学院、調理師専門学校、佐賀短期大学(現・西九州大学短期大学部)を経て佐賀大学理工学部に編入学、97年卒業。船井総合研究所等を経て2001年タニタ入社。05年タニタアメリカ取締役。07年取締役。08年より現職。

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(タニタ社長 谷田千里 構成=岡村繁雄 撮影=永井 浩)