学生の窓口編集部

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現在では「クールシステム」が一般的になっているため、アニメ番組の打ち切りなんて事態はほとんど見られなくなっています。しかし、かつては「低視聴率のため」「スポンサーの都合」など、さまざまな理由で予定の話数を放送できなかったアニメがたくさんありました。

今回は、そんな不幸な目に遭ったアニメ作品をご紹介します。


■『ドン・ドラキュラ』(放送:1982年)

手塚治虫先生の同名漫画をアニメ化。なんと放送されたのはたったの4回で、「日本最短で打ち切りになったアニメ作品」といわれています。製作を担当したのは、手塚プロダクションと三京企画ですが、この三京企画はアニメ放送中に倒産しています。

■『RGBアドベンチャー』(放送:2006年)

BS-iで放送されたアニメ作品ですが、半年の予定だったのですがわずか第6話で終わってしまいました。第6話の後は「番外編」「総集編」が放送されたのですが、第7話以降は放送されませんでした。「制作会社の都合により放送継続が不可能になったため」だそうです。

■『SF西遊記スタージンガーII』(放送:1979年)

松本零士先生原作のアニメ。前作『SF西遊記スタージンガー』は好調で全64話、65話から改題して『SF西遊記スタージンガーII』になったのですが、タイトル変更後はわずか9話で終了。『SF西遊記スタージンガー』は全73話となっていますが、IIが9話分含まれています。

なんだかお気の毒ですね。

●……『SF西遊記スタージンガー』は1978年から放送です。

■『超攻速ガルビオン』(放送:1984年)

キャラクターデザインに、『軽井沢シンドローム』などで有名なたがみよしひさ先生を起用したロボットアニメです。放送途中にメーンスポンサーであった玩具メーカー・タカトクトイスが倒産します。このため、残念ながら第22話での打ち切りとなりました。

急きょ最終回になった22話に苦肉の策として、今後の展開をナレーションで入れ「おしまい」となりました。

■『魔境伝説アクロバンチ』(放送:1982年)

イラストレーターのいのまたむつみ先生の初キャラクターデザイン作品となったアニメ。一家で秘宝を求めて世界中を探検して回るというロボットアニメ。放送時間が3回も変更された後、諸事情により第24話で終了しました。

■『名犬ラッシー』(放送:1996年)

同名の児童文学の傑作をアニメ化したものです。いわゆる『世界名作劇場』シリーズの中の1作ですが、1年の予定のところを半年・全26話で終わってしまいました。しかも本放送時には26話は未放送です。これは『世界名作劇場』シリーズ中で唯一の打ち切り作品です。

かわいそうなラッシー……。

■『伝説巨神イデオン』(放送:1980年)

『機動戦士ガンダム』で有名な富野由悠季(当時は喜幸)さんが総監督を務めたロボットアニメです。主役メカのイデオンは今でも『スーパーロボット大戦』シリーズに登場するなどで有名ですが、アニメ自体は視聴率の低さなどで39話で打ち切りになりました。

しかし、その面白さを認めたファン、アニメ雑誌『月刊OUT』『アニメック』などの声援を後押しに、カットされた結末部分を含んだ映画化が行われました。打ち切りになった悔しみを映画化によって見事に晴らしたのです。

映画は「接触編」「発動編」に分かれていますが、「発動編」には観る者を慄然(りつぜん)とさせるすごみがあります。

■本放送時に打ち切りでも……

その後、大ヒット、大ブームになったアニメの中にも、打ち切りの憂き目に遭ったものが少なくありません。例えば『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』はその代表例です。『宇宙戦艦ヤマト』は打ち切りになったため、イスカンダル星から地球までの復路をすっ飛ばさないとなりませんでしたし、『機動戦士ガンダム』も終盤部分が畳み掛けるように濃密な修羅場なのは、そのためです。

でも、やはり面白い作品には熱心なファンが付くのです。ヤマトもガンダムも再放送を繰り返すうちにファンを拡大し、アニメ史に残る巨大な存在になりました。今回は一般にはあまり知られていない作品を7つ紹介しましたが、これらの作品にもやはりファンはいらっしゃいます。

たとえ何らかの理由で打ち切りという不幸な目に遭ったとしても、その作品はファンの心に残り、いつまでも火をともし続けるのです。

(高橋モータース@dcp)