巨乳事務所「イエローキャブ」を彩った面々……

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 堀江しのぶ、かとうれいこ、細川ふみえ、小池栄子佐藤江梨子、根本はるみ、雛形あきこ、山田まりや、MEGUMI、小林恵美。……こうして名前を並べただけで、ある年代の男性なら胸と身体の一部?が熱くなるだろう。彼女らを擁して各誌のグラビアを席巻。芸能界に一時代を築いた芸能事務所「イエローキャブ」が、東京地裁に破産を申し立てた。2015年2月をもって、この一般にも知名度の高いプロダクションの消滅が決まった。

「おっぱいの大きい女の子を水着にして売りだす。そして、顔と名前を憶えてもらって、徐々に服を着せていく。それがウチのやり方ですよ」

 実質的な創設者であり、長くイエローキャブの社長を務めていた野田義治氏の弁だ。ヒゲ面とハッキリした物言いで、タレント以上に露出していた野田氏は、独特の理論で芸能界に切り込んだ。それが<グラビア>と<巨乳>だ。

 テレビ番組、映画、CMといったメジャーな舞台を大手事務所に独占されていた野田氏は、登場のハードルがそれほど高くなかった雑誌グラビアに注目。自ら各誌、特にコミック誌編集部に売り込んで回った。その際の哲学が、「とにかく胸の大きな子を押す」ことであった。最初のヒットは、1983年デビューの堀江しのぶ(注1)。決してずば抜けた美人ではないが、大きな胸と底抜けの笑顔でコミック誌読者を魅了。続いて1989年に「第16回クラリオンガール」に選ばれた、かとうれいこを発掘して完全に軌道に乗った。

 実は筆者は1996年、藤崎仁美(注2)の船上結婚式に参席者として招待され、かとうれいこや細川ふみえとも話をした。

「ふみえちゃん、最新写真集表紙のビキニ、可愛くていいね」
「でも、あれ恥ずかしかったんですよぉ」

 ……今となっては、誰も羨みもしないプチ自慢をしたいワケではない。貸し切りの船上に集められたタレント、関係者たちの誰もが自信に輝いた笑顔で、筆者はイエローキャブ軍団の勢いを見せつけられた。<グラビアバブル>と呼ぶべき時代が、確かにあったのだ。

グラビアアイドル冬の時代へ

 しかし、2004年末に経営上のトラブルで親会社と野田社長が対立。野田氏は社長を辞任し、雛形あきこやMEGUMIも野田氏が社長を務めるサンズエンタテインメントへ移籍した。小池栄子や佐藤江梨子が残ったものの、ここから徐々にかつての勢いを無くしていった。追い討ちをかけたのが、ハロー!プロジェクトやアイドリングやAKB48ら、新時代グループアイドルの登場だった。

 そもそもグラビアは芸能事務所にとって、儲からない。露出とバーターでギャラが無いことすらある。あくまでも知名度を上げるための舞台であり、勝負はその先のテレビ出演やCM獲得なのだ。ところが、前述の新時代グループアイドルは積極的にグラビアへも進出。初期は知名度アップのためだったが、知名度を獲得してからも手を緩めることなく、各誌を完全制覇していった。この時点で完全に野田理論は破綻し、イエローキャブ所属に代表される専業グラビアアイドルたちは、芸能界の入口をほぼ塞がれてしまった。むろん自由競争だけに、グループアイドルが悪いわけでもない。

 野田元社長の理論通り、一方ではグラビアからスタートした小池栄子も、いまや女優として高い評価を得た。先ごろ<できちゃった婚>を発表した佐藤江梨子も、相変わらず知名度は高い。後輩が続かない中で2人にかかる負担は大きかったが、グラビア以外のマネジメント力に欠けたことで、事務所へ不満があったようだ。2015年1月末に2人が契約解除したことが、イエローキャブ終焉の直接の引き金となった。

 いまや手元のスマホで動画がいくらでも見られる時代。紙にプリントされた写真を有りがたがる人は少ないかも知れない。しかしスチル写真にはデータや動画には替えられない表現があり、価値があると信じる人はまだ多い(注3)。

 イエローキャブの時代は終わったが、また新たなグラビアアイドルが我々を熱くしてくれる日を待ちたい。

(注1) 堀江しのぶ…人気絶頂の1988年に23歳の若さで病死。
(注2)藤崎仁美…細川ふみえ、山崎真由美と「LADY’S」を組んでいた長身のグラビアアイドル。結婚を機に引退した。
(注3)スチルの価値…筆者もそれを信じる一人。

著者プロフィール

コンテンツプロデューサー

田中ねぃ

東京都出身。早大卒後、新潮社入社。『週刊新潮』『FOCUS』を経て、現在『コミック&プロデュース事業部』部長。本業以外にプロレス、アニメ、アイドル、特撮、TV、映画などサブカルチャーに造詣が深い。DMMニュースではニュースとカルチャーを絡めたコラムを連載中。愛称は田中‟ダスティ”ねぃ