恒常的デジャヴの苦しみとは

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「あれ、この場面は見たことがある」

 日常のふとした瞬間に感じるこの違和感は、専門的にはデジャヴと呼ばれる現象である。フランス語の「既視」を語源とし、その頻度は個人差があれど、誰しも一度は経験したことがあるのではないだろうか。しかし先月、イギリスの医学論文『Journal of Medical Case Reports』に、これまで記録されたことのない奇妙なケースが報告された。23歳の匿名男性患者は、2007年以来、生活の中で体験するあらゆる出来事にこの「既視感」を感じてしまうというのだ。

 報告した、イギリスのシェフィールド・ハラム大学のクリスティン・ウェルズ博士は、この症状がパニック障害と関係していると推測している。こうした「恒常的なデジャヴ」は、例えば脳の前頭葉に障害がある場合や、てんかんの症状として報告されたこともある。またLSDを摂取した際に、同様の症状が報告されることもあるという。しかしこの男性においては、脳スキャンの結果、何ら異常は認められず、また心理テストによる記憶のチェックにおいても異常はみられなかったとしている。

「自分はループした時間の中に閉じ込められている」

 論文によれば、男性は2007年、大学入学と共にデジャヴの症状を発症。もともと強迫性障害を患っており、特に「細菌」に強い恐怖を抱いていた。一日のうち、何度も手を洗わないと気がすまず、シャワーを一日に数度浴びることも珍しくなかったという。そして大学入学後、この障害は悪化し、やがて鬱状態から大学を休学することになった。男性がこの恒常的デジャヴを感じるようになったのは、それ以降である。

 当初、症状は軽く、デジャヴを感じる時間は長くて数分の出来事であった。しかし、症状の悪化と共にデジャヴを感じる時間も長くなっていった。例えばある休日、旅行に出かけると、彼はその旅行の間ずっと既視感を感じ続けていた。この現象は彼をさらに不安にさせ、医師には「自分はループした時間の中に閉じ込められている」と話しているという。

 男性は神経科をはじめ様々な専門的治療を受けたが症状は改善せず、2010年頃には生活のあらゆる出来事に既視感を感じるにまで悪化していた。テレビを見ようとラジオを聞こうと、雑誌を読もうとあらゆるものに対して、「これは前にも見た内容だ」と感じるようになったのだ。

 ウェルズ博士は男性のケースについて「脳障害ではなく、心理的な症状から恒常的なデジャヴを発症した記録上最初のケース」と記述している。そして今後は、これまで知られていなかった強迫性障害とデジャヴの関係性に注目し、研究を進めていくと話している。

 デジャヴそのものの発生原因ついては、前頭葉の働きと関係していることが指摘されているものの、今も明確な原因はわかっていない。ある情報に接した際、脳内のニューロンが誤ったタイミングで活動することで、脳内での情報処理が”混線”し、既視感に似た現象を引き起こすともいわれるが、仮説の域をでていないのが現状なのである。

(取材・文/)