「バンクーバーの朝日」から見る伝説の野球チームの栄光と悲劇

写真拡大

妻夫木聡主演の映画「バンクーバーの朝日」が先日公開され、2週連続で4位にランクインするなど高い人気を維持している。安倍首相や高円宮妃殿下もこの映画を視聴されるなど、各方面で話題だ。

この「バンクーバーの朝日」は実際の話を元にした映画である。では、どういった話をなのだろうか。その内容を簡単に紹介しよう。

時は明治維新から20年が過ぎようとしていた頃、日本は想像以上に貧しく、明日の生活もままならない者も多かった。そこで政府は移民奨励策をとることになる。ちょうど時同じくして好景気に沸いたバンクーバー。夢を追いかけ一旗あげようと者たちは自ずと海を渡り、そこに移り住んだ。このような経緯で日系1世となった彼らの子ども、つまり日系2世たちがこの話の主人公たちだ。

移民奨励策からいくらか年が経ち、バンクーバーにできた日本人街に定住する日系人が増えた頃、「子どもたちの野球クラブをつくろう」との提案がある者からなされた。この時はまだ誰も知る由がないが、このチームは後に伝説として語り継がれる「バンクーバー朝日軍」となる。

■「バンクーバー朝日軍」が伝説として語り継がれるのはなぜ?
その理由としてまずは、チームとしての強さが挙げられる。大人の白人チームに圧勝することも珍しくなく、何度も上位リーグ優勝を果たすなど、その強さはカナダ全土に知れ渡っていた。
また、強さだけでなくその「勝ち方」も白人の印象に強く残るものであった。エラーや四死球で出たランナーをバントやエンドランで送り、スクイズで点を取る。また、時にはランナーが意表をついたダブルスチール。そしてそつのない守備。さらにはプレー以外の面でも「大和魂と武士道精神を忘れるな」という教えの元、審判への抗議をせずに正々堂々戦う姿勢。そんな彼らの戦いぶりは日系人のみならず白人をも魅了したのだ。
それはまさに、それから約80年後に小技を駆使した"スモールベースボール"でWBCを2連覇した野球日本代表のようであった。
そんな朝日軍は日系社会の誇りであり、絶対優位の白人社会に対等に渡れる唯一の手段でもあった。白人に打ち勝ったことへの喜びから、ときには涙を浮かべる者もいた。

■なぜ白人に打ち勝つことはそこまで嬉しいことだったのか?
白人に打ち勝ったことの喜びで涙……これは今の時代を生きる私たちはピンとこないかもしれない。しかし、当時は今では想像もできないほど日系人は差別と抑圧の日々を過ごしていたのである。
まず、白人たちは急加速度的に増えていく移民たちに恐怖を抱き、帰化が必要だという条件をつけて職場を制限して締め出しにかかった。だが、白人たちの日系人への差別はそれに留まらず、より過激化することとなる。今日では「バンクーバー排日暴動」と呼ばれるデモが起きてしまう。
そこでは、白人たちが「ここは白人のパラダイスだ」と叫び、日本人街に投石を繰り返した。これに対して日系人は反撃するのだが、それにつけこんだカナダ政府は、過剰なまでに移民制限して事実上、新たな受け入れを拒絶する。バンクーバー朝日軍の活躍に日系人たちが歓喜する背景には、このような白人による差別と排斥があったのだ。

■「バンクーバー朝日軍」が伝説となった悲劇的理由
そしてバンクーバー朝日軍が伝説となった理由には、さらに悲劇的な要素も含まれている。5年連続のリーグ優勝を果たし、まさに成熟期を迎えた朝日軍だったが、突然の解散を告げられて彼らの生きがいであった野球が奪われてしまう。日本が真珠湾攻撃を仕掛け、カナダにとって日系人は「敵性外人」となったからだ。
その後、バンクーバー朝日軍が復活することは2度となかった。

悲劇の解散から55年後、1人の日本人投手が海を渡り、「トルネード投法」によって日米の"NOMOマニア"たちを熱狂させた。そしてその5年後には、イチローがパワーヒッターが全盛の大リーグにおいて、魔法のような打撃技術や走塁でメジャーの大男たちを圧倒し、2004年には84年ぶりにシーズンのメジャー最多安打を更新する。

彼ら以外にも、現在では多くの日本人選手たちが海を渡り、メジャーリーグという異国の舞台で日米の野球ファンの多くを引き付けるプレーを見せている。だが、今から半世紀以上も前、そんな日本人選手たちと同じように異国の地で、多くのファンを魅了した日系人たちがいたのだ。彼らはまさに"パイオニア"と呼ぶに相応しい。

これから大リーグで日本人選手の活躍を応援するときは、そんな「バンクーバー朝日軍」の選手たちに敬意を払い、ほんの少しでもその姿を思い浮かべてみてはどうだろう。
野球に対する見方がより広がるとともに、差別で不当な扱いを受け、さらには戦争によって野球を奪われてしまった彼らに対してせめてもの罪滅ぼしになるのではないだろうか。
(さのゆう)
「バンクーバーの朝日」(著・西山繭子/マガジンハウス文庫)