「努力は報われるは間違い」とわかり努力が怖い
「努力は報われる」という風潮がある。一方で、どんなに努力しても報われない経験をした人もいるのでは? 教えて!gooでも「努力が怖い」という意見が寄せられた。

『努力は報われる』が間違いだとわかってこれから先どうするか

小学校〜大学まで13年間野球をした質問者さん。考えられる限り練習したものの、結果は惨憺たるもの。これから野球以外に新しいことを始めるつもりだが、努力が怖くもあるよう。「結果が出なくても得られるもの」と、全力で頑張るアドバイスが欲しいとのことだ。

■プラスもマイナスも大きな糧

13年間の野球生活で得られるものは、かなり多いだろう。体力はもちろん、炎天下や極寒の中での練習で培われた根性、試合の最後まで諦めない粘り強さ、先輩や後輩との人間関係…と、野球以外でも役立つ経験が多い。一方で、「うまくいかなかった経験」も重要だ。

「悲しさ、悔しさ、惨めさを得ています」(dsdnaさん)

惨めで悔しい思いをしたことがない人は、挫折やトラブルに弱く、機転も利きにくい。つらい経験をしたからこそ、逆境でも踏ん張り、新たな道を切り開けるものだ。自分と同じような状況の人に、優しくもなれる。マイナスな経験も、次に始めるものの大きな糧となっているのだ。

■失敗したからホンモノに出会える

全力で努力することや失敗が怖くて、最初から諦めてしまう人もいるのではないだろうか?

as3724さんは、今回の失敗は人生においては極めて重要な収穫という。その理由を「自分に向いているか否か、この道でセンスがあるか否かを、主体的に賢明に判断できるからです」と続ける。
「野球を全力でやったからこそ、『無意味な頑張り』を客観的に避けて、『この道ならイケる』ことを肌で感じ、実践することが出来るからです。それは、あなたが一度野球に没頭し、跳ね返れなければ、決して得られなかった感覚です」

質問者さんと同じように最初の就職で努力するも失敗したkanto-iさんは、「私は、その努力があったからこそ、今本当に心から好きでやり続けたい事に出会えた」という。

何もしないで家にこもっていくら考えても、自分についてはよくわからない。様々な経験や失敗を重ね、いろいろなタイプの人と出会うことで、徐々に自分が分かるものだ。同時に「自分にとってのホンモノ」を見極める目も養える。
一方で失敗を恐れていれば、いつまで経っても自分に合うものにも人にも出会えない。筆者が最近気付いたのは、「日常の小さな傷から逃げていると、後から大きな傷がやってくる」法則。歳をとってからの後悔は、何倍も痛いものだ。本当に怖いのはどっちか、改めて考えたい。

宮野茉莉子(Miyano Mariko)