NPB史上最も制球力がいい投手は上原浩治! SO/BBから見えてくる投手の進化【広尾晃の「ネタになる記録ばなし」】

写真拡大 (全4枚)

プロ野球は進化しているのか?


 週刊誌では、オフになるとかつての大選手たちが「わしらの時代はすごかった」みたいな大言壮語をする企画がよく見られる。読み物として楽しいし、過去の大選手へのリスペクトも高まるだろう。

 そういう記事を読むたびに思うのが、果たして「プロ野球は進化しているのだろうか」ということだ。
 陸上競技など数字で結果が出るスポーツでは、進化の過程がすぐにわかる。

 しかし相手があるボールゲームでは、競技としての進化や変化はなかなかわからない。

 今回は「プロ野球は進化しているか」をデータから読み解いてみよう。
 投手の狎球力瓩縫櫂ぅ鵐箸鮃覆辰督匹いけたい。

 まずは「与四球」と「奪三振」の推移からだ。
 2リーグに分立した1950年以降の、両リーグの1チーム1試合あたりの与四球数と奪三振数をグラフにした。



 戦前はほとんどの時期を通じて与四球のほうが奪三振よりも多かった。

 ボールが粗悪で品質にばらつきがあったからだとも言われるが、戦争で投手が出征し、穴埋めに力が劣った投手が登板したからという意見もある。

 2リーグ分立直後は、両リーグともに与四球と奪三振の数が拮抗していた。しかし数年たつと奪三振が増えて、与四球を大きく引き離す。

 稲尾和久、杉浦忠、金田正一などNPBを代表する大投手が次々と登場したからだ。
 しかし70年代に入ると特にパリーグで奪三振が減少し、与四球が増えていく。

 これは、指名打者制が導入されたのが大きいだろう。
 さらにこの時期に強打の外国人選手が数多く来日し、本塁打が急増したことと関連があると思われる。

 90年前後から再び奪三振数が増加する。
 88年に東京ドームが開場。この時期からNPBの球場は両翼10mほど大型化する。当然、本塁打数は減る。

 すると投手が思い切って内角を攻めることができるようになったのだろう。
 2011年に統一球が導入され、打高投低になったが、奪三振数は徐々に増え、与四球数は横ばいだ。

制球力が飛躍して、奪三振数が増えている


 制球力を見る数値に「SO/BB(K/BBとも言う)」がある。奪三振数を与四球数で割った単純な数字だが、MLBでは投手の制球力、安定感を示す数値として重要視している。

 このSO/BBの1950年以降の推移も見ていこう。



 1950年前後は数値が1前後。つまり奪三振数と与四球数がほぼ同じだった。
 50年代後半からこの数値が上昇していく。
 70年代半ばには下落。前述のとおり、パでは指名打者制の導入が大きい。

 21世紀に入るとSO/BBは2を大きく上回るようになる。これは、先発投手の制球力が飛躍的に良くなったこと、そしてフォークボールなどの変化球が増加して奪三振が増えたことが大きい。

 セパ両リーグの数値が近接し出したのは交流戦の影響があるかもしれない。

 昭和の時代のプロ野球もSO/BBが2を超えた時代があった。しかしその頃の奪三振数は5〜6。今は7に近づいている。

 今は制球が良く、奪三振も非常に多い時代になっている。
 端的に言って、NPBの投手は進化しているのではないか。

上原の制球力は、ずば抜けている!


 これを裏付けるのが、NPB歴代のSO/BBのランキングだ。1000イニング以上登板のSO/BB上位30傑で、NPBの成績のみとした。



 上原浩治のSO/BBは何と6.68。三振を7個奪ううちに四球は1個強しか出さない。上原はMLBでも滅多に歩かせない投手として有名だが、その制球力はNPBで培われたものだ。

 この数字は圧倒的だ。
 間違いなく上原は「NPB史上最も制球力が良い投手」だと言っていいだろう。

 上原だけでなく30傑には、今、日米で活躍している投手がずらっと並んでいる。

 阪神、東京、ロッテで活躍した右腕小山正明は「針の穴を通すコントロール」と言われたが、今の基準で見れば抜群とは言えない。NPB史上最多勝の金田正一のこの数値は2.483。ランキングには入ってこない。

 シーズン最多奪三振記録401を持つ江夏豊の数字も平凡だ。
 これを見れば、現在の投手。とりわけ先発投手はかつてない制球力と奪三振力を有しているのは間違いなさそうだ。

 NPBの一線級の投手はMLBで即座に通用する。それはおそらく、SO/BBが優秀だからだろう。

 この点では、昔の大投手たちもかなわないのではないか。