等身大の役を演じたと語るリリー・コリンズ写真/奥野和彦

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お互いに大切に思っているのに「好き」のひと言が言えないまま、12年間もすれ違ってしまった幼なじみの2人。「あと1センチの恋」(12月13日公開)で、そんなもどかしくもせつない恋を演じたリリー・コリンズにとって、この作品で演じた役は「私そのもの」なのだという。

「あと1センチの恋」でコリンズが演じるロージーは、誰もが共感できる女性なのではないか。そのくらい普通の女の子で、でもだからこそチャーミング。コリンズによれば、「傷つきやすいのだけれど、芯の部分はとても強くて、どんな困難も意志の強さで切り抜けてきた。そしてすごく情熱的な女性だってところに惹かれたわ。ほかの人だったらこんなたいへんな状況をどうすればいいの、ってネガティブに捉えてしまうと思うんだけれど、彼女はどんな状況でもポジティブに捉えることのできる人なの」

そんな凛とした女性でありながら、いつも近くにいた幼なじみのアレックス(サム・クラフリン)に「好き」と言えない。失ってしまうのが恐いという臆病さをもっているところもまた、とくに日本人女性には「わかる!」と思えるポイントだ。

「そうなの、ロージーは自分のことをちゃんと知っているんだけど、あと一押しができなくて『好き』と言えない。これは文化を問わず、女性ならみんなが無縁ではいられないモンダイなんじゃないかしら。だってデートに誘いたいってときも、男性からデートに誘わせるように仕向けるのが普通じゃない? 女性でいるっていうことは、自分の声を見つけるのがとても困難なものなんだと思うな」

コリンズは映画の中で、ロージーが10代の高校生からシングルマザーとなり、30代で自立するまで、皮肉な運命に立ち向かっていく人生を疑似体験。そこから学ぶことも多かったという。

「いちばん大きなことは、何事にも理由が必ずある、ってことね。将来何が起きるかわからないけど、自分にピッタリの相手を見つけるためにはまず、自分を知らないといけない。人って変わっていくものだけれど、その時々でつきあう相手が、自分はどういう人間なのかということを教えてくれるのよ。たとえば、私はこれが嫌なんだということがわかると、自分がどういう人かも自ずとわかってくる。そういう経験が、人を形成していくんだわ。そして大事なのはタイミングね。自分も相手も、それなりに精神的な成熟を遂げていないとダメだし、スタートのタイミングが合わなければうまくいかないから。『私ってこうなんだ』ってわかったときに、きっとそれなりの人が現れるんだと私は思ってるの。ロージーも、最終的には白馬の王子様を待っているわけではなく、自分自身の足で立ち、自分のために生きている。それで内なる自信が身についているの。そこまで来ちゃえば声を探すまでもなく、それが自然に現れてくるものよ」

クルクル変わるチャーミングな表情を見ていると、ロージーと話しているような錯覚に陥ってしまう。自分を投影したのはどんなところかと聞くと、なんと「全部よ」という答えが返ってきた。

「実はロージーは、全部私と言っても過言ではないの。完成した映画を見ていても、どこまでがリリーでどこからがロージーなのか自分でもわからないのよ。アレックスとの掛け合いにしても、リリーとサムが何か言い合っていて、たまたま役名がロージーとアレックスなだけ、って感じ。そのくらい素でやってるの。アドリブもたくさんやったし、そのためには心をオープンにしておく必要があったわ。たとえばクラブで楽しく踊っているところとか、泣いているところとか、傷ついて生々しい感情をさらけ出しているところも、全部が私よ。娘と一緒のシーンだって、私と私の母との関係そのまんま。自分自身をさらけだして演じたという実感があるから、観客と一緒に見ていると『バレたー!』って気がして落ち着かなかった(笑)。私の頭の中を覗かれちゃったような恥ずかしさがあって。これってきっと被害妄想よね!?(笑)」(取材・文/若林ゆり)

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