「ダムネーション」の一場面

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この映画の圧倒的な見どころは、エンディングも近い終盤にある。ドキュメンタリなのでここで言ってしまってもかまわないと思うが、ダムを撤去してしまう映像だ。コンクリートの巨大なダムがドッカーンとダイナマイトや重機で破壊され、長年にわたって溜まりに溜まっていたヘドロのようなどす黒い堆積物が、噴出する水流とともに下流へ下流へと押し流されていく。見ている間にダム湖は消滅し、昔の川岸がだんだんと現れてくる。

そして「1年後」といったテロップとともに、昔の川にすっかり戻った様子が描かれる。美しく蛇行し、白く波立つ瀬や滝がいくつも重なり、そこをカヤックの人々が下り、そして何十年かぶりに戻ってきたサケが跳びはねながら遡上する。何というカタルシス、何という感動!

このカタルシスを味わうためにこの映画は存在するといっていいほどだ。

もちろん、ダム問題というのはやたらと複雑で、カタルシスで解決するような話ではない。これは日本でも同じで、たとえば先の民主党政権のころに、群馬県に建設している八ツ場ダムの工事を中止するかどうかで激論になったことがあった。マニフェストで中止を明言していた民主党は工事をとりやめようとしたが、地元は猛反発。マスコミもこれに乗っかって、「すでに多くの予算が使われているのに、税金が無駄になる」「ダム建設を前提としてきた地元民の生活設計がくつがえってしまう」と反対した。

ダムについてはさまざまな意見がある。もともとは工業地帯などに水を供給するための手段(利水)として日本のダムは増えてきたのだけれど、高度成長が終わって水があまり要らなくなってしまった結果、今さら「ダムはもうやめましょう」と言えなくなってしまったお役所が、やたらと「洪水防止に役立つのだ(治水)」と言いだし、これが議論を複雑にしてしまった。

利水目的だけのダムだったら不要だけど、日本のように水害の多い国では治水のダムは必要かもしれない。かといって何でも治水だと言ってダム建設を強行しちゃうのは変だよね?というようなことになっていったのが1980年代ごろの状況で、まあでもこの結果、1990年代以降はダムの建設が中止・凍結されることも多くなった。

だから単純に「ダムは悪」と言い切ってしまうのは極論だ。自然破壊だしサケは遡上できないし、地元の人たちの家や美しい光景が水没してしまうけど、一方で洪水を防止したり、水道に安定的に水を供給するという役割は否定できない。

そして、この「ダムネーション」。この映画では、このあたりがきちんと押さえられている。その考え方は、きわめてシンプルだ。「ダムをすべて壊せといっているのではない。建設から長い年月が経って、もはや役割を果たしていないダムもたくさんある。そういうダムは壊してもかまわないのではないか」

まったくもって正論。そういう思想に基づいて人々が集まり、運動が展開され、そして政治を動かしてダムは壊された。ややこしい問題に、だれもが納得できるシンプルな哲学を持ち込む。一見かんたんそうだけど、実はとても難しいことをこのドキュメンタリ映画は表現していると思う。

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