『パカパカファーム』成功の舞台裏
連載●第42回

2012年のダービー馬ディープブリランテを輩出し、一躍脚光を浴びたパカパカファーム。今年もクラリティスカイ(牡2歳)という重賞ウィナーを生んだ同牧場は、生産馬が活躍し続けている中で、着々と牧場自体のレベルアップを図ってきた。その象徴のひとつが、廃校となった小学校を改築した施設である――。

 ディープブリランテが日本ダービーを制した2012年以降、パカパカファームはコンスタントに活躍馬を輩出している。クラリティシチー(牡3歳)は、重賞タイトルこそ手にしていないものの、今年4月のGI皐月賞(中山・芝2000m)に駒を進めた。そして10月、クラリティスカイ(牡2歳)が新設重賞のいちょうS(東京・芝1600m)を制覇。レコード(2歳馬によるコースレコード)勝ちのおまけつきで、来年のクラシック候補に名乗りを挙げた。

 そうした状況の中、パカパカファームはさらなる躍進に向けて、さまざまなことに取り組んでいる。その最たるものが、廃校となった小学校の改築だ。牧場近くの、2012年に買い取った旧・賀張小学校は今秋、大きく変貌していた。

 パカパカファーム代表のハリー・スウィーニィ氏が、小学校の中を案内しながら、この"新施設"について説明してくれた。

「小学校の半分は、牧場を見に来た人たちのゲストルームとして、宿泊できるように改装しました。ゲストルームは3部屋ほどあり、キッチンやリラックスルームも完備しています。部屋にある絵や家具については、なるべくお手頃価格でいいモノを、私が海外で探して買ってきました。繁殖牝馬の輸入と同じですね(笑)」

 サラブレッドの生産牧場が密集する日高地方には、多くのバイヤーが訪れ、数日がかりでいくつもの牧場を回る。しかしこの地域には、利便性のいい宿泊施設が少ない。そこで、バイヤー向けの宿泊施設として、この小学校を使うアイデアに至ったという。

「自分で言うのも何ですが、ベッドが大きく、それなりの設備が完備されていて、結構いい部屋だと思っています。お客さんにはどんどん活用してもらいたいですね。メディアの人? そういう関係者の方の利用はちょっと考えていませんでした。東京の高級ホテル並みの宿泊費を払っていただけますか?」と言って笑ったスウィーニィ氏。続けて、こう語った。

「牧場としてステップアップするためには、とにかくいろいろな人とのコネクションを強力にすることが大切。こういうゲストルームがあれば、きっとお客さんも喜んでくれると思います。それは当然、牧場のためになるでしょう」

 ひとつひとつのゲストルームは、スウィーニィ氏の言うとおり、バイヤーに向けて作られた豪華なもの。各部屋には立派なシャワールームとトイレが完備されていて、窓から見える牧場風景も美しい。観光地の高級ホテルのよう、と言っても決して大げさではないほどだ。

 残り半分のスペースは、スタッフやパカパカファームに来る研修生のための施設になっている。

「毎年1月から8月の末まで、アイルランドの大学から研修生たちが牧場にやって来ます。その際に必要となるのは、彼らが住む場所。それで、小学校の残り半分は研修生のための寮にしました。実際、今年来た研修生たちはこの寮に入って、生活していました。居心地が良かったのか、みんな、すごく喜んでくれていましたよ」

 ヨーロッパの大学には『エクワインサイエンス(馬科学)』という学科があり、そこに所属する学生は、半年ほどの実地研修が必要となる。パカパカファームでは、研修先として学生たちを毎年受け入れており、旧・賀張小学校はそんな研修生の学生寮としても活用されているのだ。

「研修生の部屋は、全部で8つ。研修生の部屋が豪華過ぎるのは問題がありますから、ゲストルームに比べるとちょっと地味な部屋でしょ(笑)。でも、この施設があるので、来年のパカパカファームへの研修申し込みは増えているんですよ」

 研修期間中、学生たちは牧場での作業に加え、スウィーニィ氏による競走馬の生産や、馬の管理、手入れなどに関する講義を受ける。「講義をする部屋は、もともとの『校長室』です」とスウィーニィ氏。確かに、校長室の札がかかった部屋には、講義を行なった形跡を残したホワイトボードがあった。

"校内"には、まだ手を入れていない場所もあり、そのひとつが『給食室』。今後は、寮長や寮母さんを雇って、そこを食堂として使うプランを考えているという。事実、その傍らには研修生たちの部屋よりもグレードが高い"寮長室"がすでに完成していた。

 また、学校に隣接して、もともと小学校の先生たちが寮として使っていた建物がある。そこは、「スタッフの環境を整えることは、牧場を作るうえでとても大事」と言うスウィーニィ氏の考えから、スタッフの独身寮として使用。何人かのスタッフたちがそこで生活を送っている。

 スウィーニィ氏によれば、「ほとんど完成しました」というこの施設。以前は施設の名前について、『パカパカ道場』を候補に挙げていたが、「『パカパカ道場』はボツ。『パカパカキャンパス』にしようと思います」と教えてくれた。きっと『パカパカキャンパス』が、さらなる牧場の躍進に力を添えてくれるに違いない。

 パカパカファームには、この他にも新しい設備が作られていた。それが、馬の診療所だ。

「この診療所はまだ出来たばかりです。ケガや病気になった馬たちは、ここで治療を行ないます。棚の中にはいろいろな薬や器具が入っていますが、ちなみにこの棚は、小学校の保健室にあったものです(笑)。全部リサイクルして使っていますよ」

 パカパカファームにおいて、獣医としての役割を担うスタッフは、スウィーニィ氏を含めて2名。馬のケガや病気の状況に合わせて、より細かく対処できるようこの施設を作ったという。

 牧場として軌道に乗っている現在でも、スウィーニィ氏はパカパカファームをさらに成長させるためのアイデアを日夜練っている。

「ダービーを勝てたのは、本当にうれしいこと。でも、あくまで『まだ1度だけ』というのが本音です。その後もクラリティシチーやクラリティスカイはがんばってくれていますが、では『10年後も牧場は安泰か?』と聞かれると、正直わからないですから。だからこそ、もっと牧場の中身を良くしたいんです。まだまだ『牧場として成功した』なんて、まったく思っていませんしね」

 ダービー馬を輩出しながらも、長いスパンでみれば、牧場としての成功にはいまだ至っていないと考えるスウィーニィ氏。では、彼の考える「成功」のラインとは、いったいどこにあるのだろうか。次回は、パカパカファームの今後の目標を聞いていく。

(つづく)

【プロフィール】
ハリー・スウィーニィ
1961年、アイルランド生まれ。獣医師としてヨーロッパの牧場や厩舎で働くと、1990年に来日。『大樹ファーム』の場長、『待兼牧場』の総支配人を歴任。その後、2001年に『パカパカファーム』を設立。2012年には生産馬のディープブリランテが日本ダービーを制した。

河合力●文 text by Kawai Chikara