役所広司が小泉堯史監督作『蜩ノ記』に主演

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NHK大河ドラマ「徳川家康」(83)の織田信長役で脚光を浴びて以降、時代劇でさまざまな侍を演じ、日本の武士道を体現してきた役所広司。『雨あがる』(00)の小泉堯史監督最新作『蜩ノ記』(10月4日公開)では、これまでとは少し違う静かな侍魂を見せ、見る者の心を鷲づかみにする。役所広司にインタビューし、礼儀作法から入念に役作りをした舞台裏について話を聞いた。

【写真を見る】役所広司扮する戸田秋谷の娘・薫役の堀北真希が舞を披露するシーン/[c]2014「蜩ノ記」製作委員会

原作は、葉室麟の第146回直木賞受賞小説。役所が扮したのは、ある事件で切腹を命じられ、幽閉されたまま藩の歴史「家譜」を手掛ける主人公・戸田秋谷役。役所は、役作りのために、小笠原流の作法を学んだ。「食事や礼の仕方など、所作をきちんとやることで、何となく秋谷役が自分に染み渡ってきました。今までの時代劇では、見よう見真似でやっていましたが、今回は小笠原流で統一しましょうってことで、今まで見たことがないようなものも教わりました」。

これまで役所が演じた侍も、凛としていて風格や気品が漂っている気がしたが、役所によると「今回は、何か背筋が伸びるようなものを教わったような気がしました」とのこと。「まあ、これまでは食い詰め浪人みたい役柄が多くて、城務めをしている役はあまりなかったですから(苦笑)。戦国時代はものすごく自由だったとは思いますが、この時代は、もう少しきちっとしていたんじゃないかと。映画では、基本的にみんなが同じ作法でやっているので、そんなに目立ちはしないけど、作法が登場人物のそれぞれを美しく見せているような気がしました」。

人間として全くほころびを見せない人格者である秋谷だが、唯一、寺島しのぶ演じる松吟尼との関係性が、縁(えにし)として説かれるシーンでは、知られざる秋谷の人となりが感じられ、実に味わい深い。役所もこのシーンはとても好きだと言う。「あのくだりがないと、秋谷がただ立派なだけの人になってしまうけど、あそこで唯一、人間味が出るんです。でも、秋谷は、決して誰も裏切ってはいない。ただ、人生の中で大切な女性の存在があったということは、秋谷のキャラクターとしての深みになった気がします。凡人な僕なんかだと、原田美枝子さん演じる妻に、あの夜、松吟尼とは何もなかったと弁明するんでしょうけど、何も語らずとも、妻は秋谷のことを、信じているってところもまた素晴らしいです」。

役所自身は、この縁というものを、どう解釈したのだろうか。「縁って、男女に関わらず、何かやっぱりあるとは思います。美しい月や星などを見たりすると、何かふと、どこかであの人も見ているかなと思ったりしますよね。そういうことを、すごく素直に受け入れられるシーンでした」。

小泉監督といえば、故・黒澤明監督から黒澤イズムを受け継いだ職人気質の監督で、今回も準備期間にかなり時間を費やせたことが、とても良い経験だったと役所は言う。「スタッフは平均年齢が高くて、ベテランが多いので、若い人たちには厳しいんだと思います。画には映らないものまで勉強してこないといけないし。書道の書き方について聞いても、ちゃんと答えてくれる。本も、役者が手に取っても良いように、中身がけっこう書いてあるんです。非常に用意周到な現場でした。小泉監督含め、黒澤さんのところで育った人たちは、自分たちがやるなら良い作品を作りたいという思いが強いんじゃないでしょうか?」

本作の前は、中島哲也監督作『渇き。』(14)のワイルドな演技も話題になった役所。出演作を選ぶポイントについては、こう答えてくれた。「自分が観客として、こんな映画だったら見てみたいとか、最近こんな映画って少ないなとか、今、こんな映画をやると面白いかも、とか、そういうところですよ。でも、基本的には監督ですね。この監督が撮るんだったら、何か、面白いもの、ありきたりじゃないものを撮ってくれるんじゃないかと思えるから。やっぱり良い監督の下には良いスタッフやキャストが集まりますから。良い作品になるんじゃないかという期待があります」。

確かに『渇き。』と『蜩ノ記』は、180度違う作品だが、どちらも果敢にいろんなチャレンジをしている意欲作に相違ない。『蜩ノ記』は、時代考証などのリアリティを追求しつつも、良き日本人の魂を丁寧に活写した、現代人の心にも響く人間ドラマとなった。時代劇を知り抜いた役所広司が、また新たな発見があったという本作は、是非、幅広い世代に見てほしい秀作である。【取材・文/山崎伸子】