10月5日のフランス・凱旋門賞に今年も超強力布陣で挑む日本勢。これまで現地で数々の日本馬と騎手に密着取材し、先頃「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち〜誰も書かなかった名勝負の舞台裏」(KADOKAWA/中経出版)を上梓した競馬ライター・平松さとし氏に秘話を聞いた。

 99年、モンジューとの死闘の末に凱旋門賞2着となったのがエルコンドルパサー。半年、フランスに腰を据えての結果だった。

「実は7月4日のサンクルー大賞(GI)を圧勝した時に、右トモに外傷を負ってしまった。そのバンデージが取れたのが、1カ月後の8月2日。思いもかけない重傷でした。それだけではありません。動きだしたトラックの物音に驚いて後ずさりした際、脚にツタが絡まってしまったこともあった。馬はパニックになって放馬しそうになりましたが、佐々木幸二調教助手が身を挺して押さえて事なきを得ました。あの時、佐々木さんが引き綱を離していたら、凱旋門賞の好走はなかったかもしれません。見ていた僕も、ゾッとしたほどでした」

 06年、日本の競馬ファンの期待を一身に背負って凱旋門賞に挑んだのが、武豊(45)とディープインパクトである。結果は3着入線(のちに禁止薬物検出で失格)だったのだが‥‥。

「現地での調教は、日本では考えられないくらい広大な森の中で行われます。現地入り当初、ディープインパクトは木の間から出てくるウサギや鹿にビクついてバタバタしていたそうです。僕が驚いたのは昨年、武騎手から『今でも(あの時のレースが)夢に出てくることがあります』と聞かされたこと。もう7年もたつのに、いまだに悪夢にうなされることがあるという。それぐらい、世界でいちばん強いと信じていた馬を勝たせることができなかったことを悔やんでいたわけです」

 武はこれまで凱旋門賞に6回騎乗しているが、94年、ホワイトマズルで最初に挑んだ際、6着に終わった騎乗ぶりを現地マスコミにボロクソに叩かれた。武はこう語ったという。

「日本で実績を残しても、競馬先進国の人たちからすれば、大したことないと思われたわけです。でも、それが発奮材料になって、必ず見返してやると心に誓った。以来、毎年のように海外遠征し、しっかりと結果を出してきました」

 近年では、2年連続して2着したオルフェーヴルが、勝ったと思った瞬間、ラチまで斜行したレースぶりは強烈な印象を残したものだった。

「現地入り後、周回コースにまったく入らず、直線コースでしか調教をしなかった。それが斜行の直接の原因とは言いませんが、僕には残念に思えてならなかった。でも2回目の遠征の時には、しっかり周回コースにも入れました。さすが池江調教師だと思いましたね。この時のレースでは、キズナに騎乗した武騎手にかぶされて一瞬、行き場を失ったりしましたが、向こうではよくあることです。有力馬にすんなりしたレースをさせないのは一流騎手の常套手段ですから」

 では、今年の日本馬の期待度やいかに。

「日本で競馬をやれば、ジャスタウェイ、ゴールドシップ、ハープスターのワンツースリーもあると思います。でも、アウェーでやるかぎりそうはいかない。輸送、コース形態、レースの流れが日本とはまったく異なりますから。それに、前哨戦を使わなかったのも気がかり。オリビエ・ペリエ騎手も『日本のトップホースは十分に凱旋門賞を勝てるだけのレベルにある。ただ、このレースは休み明けで勝てるほど甘いものではない』と言っている。今回、2頭は札幌記念を使っての参戦ですが、さてどうでしょうか。一つ利点があるとすれば、かつてほど芝丈が長くなく、日本馬でも走りやすくなってきたことでしょう」

 今年はどんなドラマが見られるのか。