『レッド・ファミリー』のイ・ジュヒョン監督は、鬼才キム・ギドクの秘蔵っ子

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鬼才キム・ギドクの秘蔵っ子、イ・ジュヒョンの長編監督デビュー作『レッド・ファミリー』(10月4日公開)は、見終わった後、ずっしりとした余韻と感動にむせぶ。キム・ギドクといえば、『サマリア』(04)、『うつせみ』(04)、『嘆きのピエタ』(12)など、常に心を突き刺すような作風で世界中の人々を魅了してきたが、製作・脚本・編集を手掛けた本作もしかり。予断を許さない怒涛のような展開で、見る者の心をざわざわとかき乱す。来日したイ・ジュヒョン監督にインタビューし、気になる舞台裏について話を聞いた。

【写真を見る】『ボイス』のキム・ユミが凛々しい北朝鮮のスパイ役を熱演/[c]2013 KIM Ki -duk Film. All Rights Reserved.

最初に、仲睦まじい家族の何気ないやりとりから物語はスタートする。でも、どこかぎこちない。それもそのはず、彼らは擬似家族を装う、4人の北朝鮮スパイたちなのだから。その一方で、隣の韓国人一家は、痴話喧嘩の絶えないごく普通の家族だ。スパイ4人は、彼らと交流するうちに、人生そのものに疑問を持ち始め、心が揺れるなか、悲劇に見舞われる。『レッド・ファミリー』は、南北統一問題を、斬新な切り口で描く意欲作だ。

まずはイ・ジュヒョン監督に、キム・ギドクから、監督に抜擢された時の感想を聞いてみた。「ただただびっくりしました!」と興奮気味に答えてくれた監督。「私はスタッフのひとりとして、監督の下で映画を学びたいという気持ちでキム・ギドク監督にお会いしました。だから、直々に脚本を渡され『監督をしてください』と言われた時は、驚嘆しました。脚本にとても感動したので、果たして自分がこのメッセージをしっかり伝えられるのか?という怖さを感じましたが、これをちゃんと撮りたいという欲もその時に生まれました。ギドク監督は、私が悩んでいるのを知った上で、『最初は誰もが初めてだから、頑張って撮ってみて』と激励してくれました」。

それにしても、韓国人監督として、北朝鮮のスパイを扱った内容を描くことに、恐れを感じたりしなかったのだろうか?「この映画が公開された後、もしも(主演の)キム・ユミさんが、拉致されたらどうしよう?と、冗談ながらも言っていました」と苦笑いする監督。

「ただ、いまはもう、韓国でこういう映画を撮っても、危険を感じるような時代ではないかなと。対立によって国は分断されたままだけど、昔ほどイデオロギーについてはうるさくなくなった気がします。僕は、むしろ北朝鮮の人に見てほしい。実際、北のスパイが偽装家族として南にいたことはあるし、現実にあった内容もかなり入っています。ただ、私としては、本作においての南北問題は、単なるモチーフにすぎなくて、それよりも国家の理念から産まれる普遍的な痛みや、家族の大切さについて語りたいと思いました」。

イ・ジュヒョン監督は、プロデューサーとしてのキム・ギドクについて「全然細かい注文もなく、とても寛容で、おおらかにサポートしてくれた」と感心する。なんと、結末は、元々あった脚本とは違うものにしてしまったらしい。「実は、脚本どおりに撮影を進めようか迷ったけど、次の世代に未来を託す意味で、ラストシーンを私の判断で変えました。しかも、キム・ギドク監督に、許諾を得ないままに。でも、監督するからには、すべてを任せてくださるということだったので、そこは貫きました。周りからは、脚本どおりのシーンも撮った方が良いのでは?という意見も出たけど、そこは私の判断で変更したもののみを撮りました」。実際に、キム・ギドクが編集し、変更した結末になっているところを見ると、2人の信頼関係が伺える。

昨年の第26回東京国際映画祭では、観客賞を受賞した『レッド・ファミリー』。イ・ジュヒョン監督は、「今回、待望の劇場監督デビューができて、しかもキム・ギドク監督のプロデュースによる監督作ということで、これ以上にないくらい幸せです」と充実感あふれる表情を見せる。キム・ギドクお墨付きの新しい才能、イ・ジュヒョン。この名前、覚えておいて損はない!【取材・文/山崎伸子】