日本ダービー特集(2)
ワンアンドオンリー編

 競馬に携わる人々にとって、最高の舞台となる日本ダービー(6月1日/東京・芝2400m)。もしその一戦に、自分とゆかりある血統のサラブレッドで挑めるなら、ホースマンとしてこれほど幸せなことはないだろう。今年のダービーで有力馬に挙げられているワンアンドオンリー(牡3歳)は、そんなホースマンの夢を叶える一頭と言えるだろう。

 まずはワンアンドオンリーを管理する橋口弘次郎調教師が、幸せなホースマンのひとり。ワンアンドオンリーはかつて自身が管理し、2004年のダービーで2着(1着=キングカメハメハ)と涙をのんだハーツクライの子である。

 定年まであと2年となった名伯楽は、2着こそ4度も経験しているものの、いまだダービーの栄冠は手にしていない。しかし調教師人生の晩年を迎え、自身にとって、まさしくゆかりある一頭に悲願を託すのである。そこに秘めた思いは計り知れない。

 さらに、ハーツクライのときと同じ横山典弘騎手を背にして決戦の舞台へと向かう。橋口調教師の気持ちはますます昂(たか)ぶっていることだろう。

 実際、それを象徴するような出来事があった。

 昨夏デビューしたワンアンドオンリーは、当初もどかしいレースが続いていた。だが、クラシックホースを何頭も輩出しているラジオNIKKEI杯2歳S(2013年12月21日/阪神・芝2000m)で勝利を飾ると、一躍トップホースの仲間入り。そのまま、弥生賞(3月9日/中山・芝2000m)まで休養に入った。

 この場合、調教師のいるJRAのトレーニングセンター(関東=美浦、関西=栗東)を離れて、育成施設に身を置くのが近年の主流。ワンアンドオンリーを所有するノースヒルズ(※馬主名義は同代表の前田幸治氏)も、大規模な育成拠点「大山ヒルズ(鳥取県伯耆町)」を有している。本来、そこで休養期間を過ごすのが常だが、ワンアンドオンリーは弥生賞までの2カ月以上を、栗東トレセンで過ごしたのだった。

 そこには、こんな経緯があったという。大山ヒルズの齋藤慎ゼネラルマネージャーが打ち明ける。

「橋口先生が『(ダービーを勝つ)最後のチャンスかもしれないので、どうしてもワンアンドオンリーを自分で見ながら春を迎えたい』とおっしゃったんです。普通なら大山ヒルズに移動するところですが、橋口先生の話を聞いた前田(前田幸治氏)は、『それなら』と栗東トレセンで過ごすことに同意。橋口先生にすべてを任せました」

 父ハーツクライを知り、ダービーの重みを知る橋口調教師。名伯楽のワンアンドオンリーに賭ける思いが、その決断にはこもっていた。

 そしてこの休養期間に、ワンアンドオンリーは大きく成長した。復帰戦の弥生賞でトゥザワールド(牡3歳)のハナ差2着となると、続く皐月賞(4月20日/中山・芝2000m)では、短い中山の直線を後方から強襲。4着と奮闘した。大外を回り、最後の坂を越えてさらに伸びたその力強さは、次に待つダービーの舞台、直線の長い東京競馬場での飛躍を確信させた。

「寒い時期に筋肉がついて、明らかに重厚さが出てきました。坂路での調教タイムも3秒くらい早くなっています。これらの成長はレースぶりにも表れていて、皐月賞の直線での追い込みを見たとき、これなら東京で行なうダービーは期待できると、手応えを感じましたね」(齋藤氏)

 父ハーツクライと言えば、ジャスタウェイやウインバリアシオンなどの代表産駒がいる。それらに共通するのは、類まれなる成長力。ワンアンドオンリーも、その父の特性をしっかり受け継いでいた。

 橋口調教師だけでなく、ノースヒルズにとっても、ワンアンドオンリーはゆかりある血統だ。同馬の近親には、2002年の皐月賞を制したノーリーズンや、重賞2勝のグレイトジャーニーなど、ノースヒルズの繁栄を築いた活躍馬の名がある。齋藤氏は、それらノーリーズンやグレイトジャーニーの姉で、ワンアンドオンリーの祖母サンタムールも手掛けており、「馬の顔を見ただけで、この一族だとわかる」という。まさにノースヒルズ生え抜きの血脈なのである。

 昨年のダービー馬キズナも、ノースヒルズの所有馬であり、生え抜きの血脈から輩出された一頭。ワンアンドオンリーは、その偉大な先輩に続いて、競馬界最高峰の舞台での飛躍が期待されている。

 デビュー時には精神的に幼く、成績も振るわなかった(新馬戦は12着)ワンアンドオンリー。だが、昨年の冬から落ち着きを携え、馬体も成長した。牧場時代とは、ひと回りもふた回りも見違える馬となった。それを肌で感じている齋藤氏がタービーへの思いを改めて口にする。

「父の成長力はもちろん、何よりこの一族の底力に期待したいと思います。母の父がタイキシャトル(現役時代は1600m以下の短距離GIを5勝)ということで、2400mという距離について不安視する声もあるようですが、私たちはまったく気にしていません。ワンアンドオンリーの走りを見れば、距離は問題ないでしょう。それよりも、この一族が持つ底力は、東京の2400mでこそ発揮されると信じています」

 かつて橋口調教師が管理し、ダービーの夢を追いかけた父ハーツクライ。ノースヒルズの歴史に欠かすことのできない血脈を持つ母ヴァーチュ(前述サンタムールの娘)。その2頭から生まれたワンアンドオンリーは、ホースマンたちのさらに大きな夢を叶えることができるのか。決戦の火ぶたはまもなく切って落とされる。

河合力●文 text by Kawai Chikara