日本ダービー特集(1)
イスラボニータ編

競馬の祭典、日本ダービー(6月1日/東京・芝2400m)がいよいよ開催される。今年は有力馬がひしめき、どの馬にもチャンスはあるが、クラシック一冠目となる皐月賞(4月20日/中山・芝2000m)を制したイスラボニータ(牡3歳)が、頂点にもっとも近い存在にいることは間違いない。そこで、同馬の主戦を務める蛯名正義騎手に、ダービーへ向けての手応えを聞いた。

―― まずは、皐月賞勝利、おめでとうございます。レース前は「混戦」と言われていましたけど、終わってみれば「1強」という感じのレースでした。それぐらいイスラボニータは強かったです。蛯名さんにとっても、会心のレースだったのではないですか。

「何よりも、馬(イスラボニータ)が強かった。それで、その強さをうまいこと引き出せた。中山って、(馬の強さを)出せないで終わることもあるコースだからね。そういう意味では、道中ずっとうまく立ち回れたし、そこは思いどおりにいった。確かに『会心』と言われれば、会心の競馬ができたかな」

―― 皐月賞は初制覇でしたが、勝った気分はいかがでしたか。

「とりあえず、よかったとは思うけど、皐月賞を勝ったからといって、見えている景色が変わるわけじゃないからね(笑)。そこは、淡々としていますよ。それでもその後、(フェノーメノで)春の天皇賞(5月4日/京都・芝3200m)も勝たせてもらったから、自分にとっていい流れができたかな、とは思う」

―― この春はGI2勝。好調の理由はどこにあるのでしょう。

「(自分が)一歩引いて、競馬ができているという感じがする。競馬って、頑張っていれば、いつか勝てるというものではないし、『勝ちたい』という思いが強ければ強いほど勝てるのか、というと、そういうものでもないでしょ。人馬ともに万全の状態で、それこそ絶好調で臨みながら、『これでも負けるのか......』ということを、(自分も)これまでに何回も味わってきた。そういう経験を積み重ねて、だんだんと『勝ちたい、勝ちたい』と気持ちだけが先走るようなことはなくなった。皐月賞みたいな大きなレースでも冷静でいられるというか、心の中で"余裕"が持てるようになった。もちろん、皐月賞も、天皇賞も勝つつもりで乗ったけど、『絶対に勝ってやろう!』なんて思っていなかったからね。そういう立ち位置というか、気持ちの変化が、いい結果につながっているのかもしれない」

―― よく「無になる」と言いますが、そういう境地にあるのでしょうか。

「競馬でだと、自分の馬を信用して、信じ切れたとき、そうなるんじゃないかな。結局、あれこれ心配したり、『こうなったらこうしよう』とか、先のことを考え過ぎたりしたらダメ。大事なのは、馬を信用し切るという、その心の強さだよね。大きなレースではそれが試されるし、それを『無になる』というのなら、(今の自分は)それに近いものはあると思う」

―― さて、いい流れの中で、いよいよダービー(6月1日/東京・芝2400m)を迎えます。皐月賞をあのような強い競馬で勝ったことで、ダービーへの期待はさらに膨らんだのではないですか。

「皐月賞は、勝ち負けという結果はともかく、いい感じでダービーに向かえるようなレースをしたいと思っていた。そして、そのとおりの内容を実現できたうえ、結果までついてきた。願っていた中で、最高の形でダービーに向かえるのは確か。ただ、それでダービーも勝てるか、となると、それはまた別の問題になるんだけどね」

―― 皐月賞後、イスラボニータの状態はいかがですか。

「1週前追い切りに乗ったけど、元気だった。とにかく、順調だったよ。大舞台に立つには、まず"順調"ということが何よりだから。状態面に不安はありません」

―― ダービーの舞台は、イスラボニータが4戦4勝という東京です。初の中山だった皐月賞よりも、舞台設定は申し分ありません。

「イスラボニータが東京に実績があるのは確かだけど、トゥザワールド(牡3歳)をはじめ、ライバルと言われている馬たちとは東京で戦っていないからね。そういうライバル馬たちだって、東京でさらによさが出るかもしれない。だから、現時点では何とも言えない。まあ、舞台が中山から東京に変わることが、イスラボニータにとって悪い材料にはならない、ということだけは間違いないけどね」

―― 2400mと距離が延びる点については、どう考えていますか。

「父親がフジキセキで、母の父がコジーン(それぞれ主な産駒にはマイラーが多い)。そういう血統のイスラボニータで、『どうやって距離をもたすんだ』って言う人もいるみたいだけどね(笑)。そんな考えを覆(くつがえ)すのが、競馬だから。それに、オーナーが調べたDNA検査で、距離は2400mまで大丈夫という結果が出ているって聞いている。距離については、こなすか、こなせないかわからないけど、出走馬みんな、条件は一緒。だから、特に心配はしていません」

―― ライバル馬については、どう考えていますか。

「僕自身、ライバルがどうとか、あまり意識はしません。それよりも、自分の馬の力を出し切ることが重要。力を出し切って負けるのは、仕方のないことだから」

―― 今回は、牝馬のレッドリヴェール(牝3歳)が参戦します。この馬については、どう見ていますか。

「阪神ジュベナイルフィリーズ(2013年12月8日/阪神・芝1600)で、ハープスター(牝3歳)を破っていて、そのハープスターにイスラボニータは新潟2歳S(2013年8月25日/新潟・芝1600m)で負けている。しかも、今年の3歳牝馬はレベルが高くて、牡馬以上とも言われている。(オークスで2着に敗れたとはいえ)ハープスターの強さを考えれば、強敵になる一頭であることは間違いないと思う」

―― 蛯名さんにとって、ダービーは今度で22回目の挑戦になります。これまでの中で、印象に残っているのは、いつのダービーですか。

「着差がほんのちょっと(ハナ差)だったから、みんな、フェノーメノ(2着。2012年)の印象が強いみたいだけど、僕個人はむしろ、ハイアーゲーム(3着。2004年)で挑んだダービーが印象深い。(大本命の)キングカメハメハ相手に勝負にいったからね。ダービーでは、(勝負にいくのは)初めてのことだった。まあ、それで見事に弾き返されたんだけど(笑)。もし(キングカメハメハを)負かしにいかなければ2着はあったかもしれないけど、『やれるかもしれない』という気持ちで勝負にいって、あの結果だった。その分、後悔はしていません。フェノーメノも悔しかったけど、初めて"挑んだ"という意味では、ハイアーゲームで臨んだダービーは忘れられないね」

―― 蛯名さんにとって、ダービーとはどういうレースですか。

「原点、だね。常にダービーを目標に1年間頑張ってきて、でも『今年もまた残念だったね』ということになって......。それでも『来年、また頑張ろう』って、そういう感じで20何年間、(騎手を)やってきたからね。ダービーは、自分が騎手をやり続けるための"核"になるもの。だから、原点。それと、昔も今も"勝ちたい"レースだね(笑)。ただ、勝ちたい気持ちは変わらないけど、その思いの炎の色は変わってきているかもしれない。今は、昔みたいに真っ赤じゃないから。ちょっと青みがかった色というか、そんな感じがする」

―― 今年は初のダービー制覇へ、最大のチャンスが到来しています。ズバリ、勝算はありますか。

「こればっかりは、やってみなければわかりません。皐月賞のときも思ったけれど、勝つためには運も必要。大きな勝負になればなるほど、それが大事になってくる。イスラボニータは必ずいい競馬をしてくれると思うけど、そこに運がついてくるかどうか。勝てる、とは言わないけど、勝ちたいね」

―― ありがとうございます。ご健闘をお祈りしています。

蛯名正義(えびな・まさよし)
1969年3月19日生まれ。北海道出身。1987年にデビューし、2001年に全国リーディングを獲得。関東を代表するジョッキー。今年は現在(5月26日現在)38勝(全国リーディング8位)。JRA通算2235勝。重賞113勝(うちGI21勝。2010年にはアパパネで牝馬三冠を達成)

新山藍朗●構成 text by Niiyama Airo