元祖オークス男
嶋田功が語る「牝馬の世界」(後編)

古馬牝馬の「春の女王決定戦」ヴィクトリアマイルに続いて、熱き牝馬の戦いが5月25日に開催される。牝馬クラシック第2弾のオークスだ。注目は、何と言っても桜花賞を衝撃的なレースで快勝したハープスター(牝3歳)。オークスではどんな走りを見せてくれるのか期待が膨らむが、専門家はどう見ているのか。そこで、現役時代に元祖「オークス男」と称された元調教師の嶋田功氏を再び直撃。オークスというレースの特徴と、ハープスターの可能性について聞いた。

―― まもなく牝馬クラシック第2弾のオークス(5月25日/東京・芝2400m)が開催されます。牝馬クラシック第1弾の桜花賞(4月13日/阪神・芝1600m)から距離が800mも延びますが、やはりレースとしてはまったく別ものなのでしょうか。

嶋田 それは間違いないだろうね。特に以前(2006年、阪神競馬場改修前)は、桜花賞と言えば、ハイペースになることが多くて、スタートしたと思ったら、あッという間にゴールが来るような感覚だった。阪神コースが改修されてからはそこまで極端なことはないかもしれないが、おおよそペースが速くなるから、多少引っかかる馬でも、持ち堪えることができたと思う。でも、距離が延びるオークスでは、さすがに引っかかってしまう馬は厳しい。いかに折り合って、道中リズムよく運べるか。そして、最後にどれだけ脚(余力)が残っているかが大事になる。

―― 嶋田さんはオークスで通算5勝を挙げています。どんなことに気を配って、騎乗していたのでしょう。

嶋田 今も言ったように、道中どれだけ気分よく馬を走らせるか。前に行く馬でも、後ろから行く馬でも、とにかくリラックスして走らせることに神経を注いだ。もちろん、中には引っかかってしまう馬もいたけど、美空ひばりの歌『川の流れのように』と言えばいいのかな、水が高いところから低いところに流れるように、滑らかに、リズムよくレースを運んでいこうと心掛けた。

 あと、牝馬は気性的に繊細な馬が多いから、チャカチャカとテンションが上がらないようにレース前から気を配った。牡馬に対するよりも、のんびりと接して、馬自身がリラックスできるようにした。レース前の返し馬のときから、落ち着かせることを第一に考えていたよ。

―― オークスとなれば、昔も歓声がすごかったと思います。そうした雰囲気の中で、馬を落ち着かせるのは大変だったのではないですか。

嶋田 確かにダービーやオークスとなれば、(競馬場の)スタンドの歓声はものすごかったからね。昔は大きなレースが少なかったから、スタート前の盛り上がりなんて、今以上だったんじゃないかな。だから、返し馬のときには、入れ込みやすい馬なんかは、できるだけスタンドから遠いところを通るようにしていたよ。

―― いざ、レースがスタートする直前はどんなことを考えていましたか。他の馬の出方を予想しながら、いろんな作戦が頭の中を駆け巡っていたりしたのでしょうか。

嶋田 自分は、レースの前に「ああ乗ろう」とか「こう乗ろう」といったことはあまり考えなかった。常に白紙の状態。さっきも言ったけど、ゲートを出た瞬間、馬と呼吸を合わせて、人馬一体となってスムーズに流れに乗っていくことだけを意識していた。

―― そんな嶋田さんから見て、今、乗れているジョッキーと言えば、誰になるのでしょう。

嶋田 それなら、田辺裕信騎手(30歳)だろうね。レースの流れがよく読めているし、「こう乗ろう」と頭の中でいろいろと考えるよりも、馬の動きに体が自然とついていっている。まさに馬の気持ちに合わせて乗れていて、彼の騎乗は見ていて気持ちがいいね。

―― 田辺騎手は今年、フェブラリーS(2月23日/東京・ダート1600m)でコパノリッキーに騎乗して、自身初のGI勝利を収めました。今や関東を代表する騎手のひとりですね。ところで、桜花賞とは距離も違うし、レースの質も異なるというオークス。その分、桜花賞では下位に沈んでも、オークスで浮上する馬というのが、これまでもたくさんいました。それはズバリ、どんなタイプなのでしょうか。

嶋田 それは、体形であったり、血統であったり、競走馬の適性によるところが大きいと思う。また、デビューしてレースを使っていくうちに、桜花賞よりもオークス向きだな、というのが何となくわかってくる。この馬には「1600mのレースは忙しい」とか「長い距離でも息が持ちそう」とかね。そういう意味では、ファンの方々がこの馬は短距離向きなのか、長距離向きなのか、というのを見極めるのはなかなか難しいかもしれない。

 例えば、テンモン(1981年オークス優勝)は、デビューしてから短い距離を中心に走ってきて、1600m戦でも牡馬相手に重賞を勝ったりしていたけど、その過程でオークス向きだな、というのを感じた。1600m戦は忙しいだろうな、と。実際、2着と好走した桜花賞でも、テンモン自身、結構苦しがっていた。あれは、あくまでも馬の能力の高さだけで出せた結果。そんな桜花賞に比べて、オークスは本当に楽な競馬だった。着差(2馬身半差)以上の楽勝だったと思うよ。

―― 先ほど、オークスでは引っかからずに、リラックスして走ることが重要だとおっしゃっていました。そうすると、桜花賞向きか、オークス向きか、馬の性格的な部分に左右される面もありますか。

嶋田 それは、一概には言えないね。かつて、ナスノカオリという馬と、ナスノチグサという馬の主戦騎手を務めていたんだけど、この2頭は父パーソロン、母ナスノホシという全姉妹ながら、性格がまったく違っていた。姉のナスノカオリはのんびりした性格で、妹のナスノチグサはうるさい気性だった。

 ならば、ナスノカオリのほうが長距離向きで、ナスノチグサのほうが短距離向きと思いがちだけど、ナスノカオリが勝ったのは桜花賞(1971年)で、オークスは10着と惨敗だった。片や、落ち着きのないナスノチグサがオークス(1973年)を制した。それぞれの結果を分けたのは、体形だった。ナスノカオリは引き締まった短距離向きの体形で、ナスノチグサは馬格があって胴長の長距離向きの体形をしていた。

―― さて、今年のオークスについてお話を聞かせてください。今回は、桜花賞を快勝したハープスター(牝3歳)という断然の存在の馬がいますが、同馬をどう評価していますか。

嶋田 桜花賞では最後方から圧巻の競馬を見せた。GIという舞台で、あれだけすごい脚を使える馬はなかなかいないよ。昔はあそこまで切れる馬だと、「距離が問題」と不安視されることもあったけど、ハープスターには関係ないだろうね。祖母がベガ(1993年桜花賞、オークス制覇)と血統的にも問題ないし、何より素材が違う。オークスでも、ハープスターが負けることは、ほぼないと思う。

―― いくら直線が長い東京コースとはいえ、スローペースになりやすいオークス。桜花賞と同じように最後方からの競馬になると、今度は「差し切れないのではないか?」という声も挙がっています。

嶋田 もし自分がハープスターに乗っていたら、もう少しいい位置で競馬ができるように早い段階から教えていると思う。スローペースになって、そこで初めて早めに上がっていこうとしても、馬はすぐに反応してくれないからね。とはいえ、ハープスターのことを誰よりもよく知っているのは、川田将雅騎手。同馬の能力を出すには、あの競馬が一番合っているのだろう。

 オークスでも同様のスタイルには変わりはないと思うけど、桜花賞よりはペースが緩い分、もう少し前目の位置につけるかもしれない。桜花賞ではレースが流れていたから、最後方になった、という感じもするからね。まあ、何にしても陣営が凱旋門賞挑戦を考えているくらいだから、相当な馬。ダービーに出ていても勝つチャンスがあったと思うし、それほどの馬がオークスで負けるのは考えにくい。

―― 阪神ジュベナイルフィリーズで唯一ハープスターに土をつけ、桜花賞でも2着だったレッドリヴェール(牝3歳)がダービーに向かいます。そうなると、ハープスターの優位はますます動かないといったところですが、2番手以下で注目している馬はいますか。

嶋田 桜花賞3着のヌーヴォレコルト(牝3歳)は、競馬が安定しているのがいいね。キレはないけど、今回も上位争いに加わってくると思う。それと、フォーエバーモア。桜花賞では人気を裏切って敗れた(3番人気8着)けれども、着順ほど差(コンマ6秒)はなかった。血統的に距離延長を不安視する人もいるが、乗り方ひとつで何とかなると思う。今回は人気が落ちる分、馬券的には旨味があるんじゃないかな。

 あとは、前哨戦のフローラS(4月27日/東京・芝2000m)を制したサングレアル(牝3歳)。母ビワハイジ(主な産駒=ブエナビスタ)譲りの切れ味をあって、フローラSの勝ち方もさすが良血馬という勝ち方だった。オークスではハープスターを脅かす存在になるだろうね。

嶋田 功(しまだ・いさお)
1945年11月8日生まれ。北海道出身。初騎乗は1964年3月1日。1972年〜1974年にかけて、オークス3連覇の偉業を達成。その後も、1976年、1981年のオークスを制覇。オークス通算5勝を含め、牝馬限定GI通算7勝を挙げて、「牝馬の嶋田」「オークス男」などの異名をとった。また、ハイセイコーを退けてダービー(1973年)制覇を果たしたタケホープの鞍上としても知られる。1988年、騎手引退して翌年からは調教師として活躍。アクアビット(1989年ニュージーランドT)やワカタイショウ(1990年中山大障害・秋)などの重賞勝ち馬を育てたが、2012年に定年を待たずに勇退した。

text by Sportiva