ドラマチック春競馬(1)

 ウオッカがダービー(東京・芝2400m)を勝った2007年あたりから、日本の競馬は「牝馬」がけん引している。もちろん、牡馬でもオルフェーヴルのような怪物級の馬が出現しているが、その怪物を最高峰の舞台ジャパンカップ(2012年11月25日/東京・芝2400m)で破ったのも、3歳牝馬ジェンティルドンナ(現5歳)だった。

 ウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、ジェンティルドンナ(※)。3歳春のクラシックから古馬一線級の舞台に至るまで、近年のGI戦線で主役を担ってきた彼女たちは、いずれも競馬史を飾る"名牝"だ。

※ウオッカ=GI7勝(2007年ダービー、2008年天皇賞・秋、2009年ジャパンカップなど)。ダイワスカーレット=GI4勝(2007年桜花賞、エリザベス女王杯、2008年有馬記念など)。ブエナビスタ=GI6勝(2009年オークス、2010年天皇賞・秋、2011年ジャパンカップなど)。ジェンティルドンナ=GI5勝(2012年オークス、ジャパンカップ、2013年ジャパンカップなど)

 今年も、この系譜に加わりそうな牝馬がいる。牝馬クラシック(桜花賞→オークス)の大本命に挙げられる、ハープスター(牝3歳)だ。

 昨年の新潟2歳S(8月25日/新潟・芝1600m)では、最後方から驚異的な瞬発力を繰り出し、前を行く馬たちを一瞬にして抜き去って圧勝した。そんな鋭い末脚を持つディープインパクト産駒の彼女は、暮れの阪神ジュベナイルフィリーズ(2着。12月8日/阪神・芝1600m)こそ、苦しい進路を選んで勝ち切れなかったが(1着=レッドリヴェール)、桜花賞トライアルのチューリップ賞(3月8日/阪神・芝1600m)では、再び大外から前の馬たちをまとめてかわして快勝した。騎手が一度もムチを入れない完勝に、思わず背筋が寒くなった。

 あまりの強さに「ダービーを目指すのでは」という噂も流れたが、この春は、桜花賞、オークスと、牝馬クラシックの完全制覇を目指すハープスター。連勝すれば、秋には世界最高峰の舞台、凱旋門賞(10月5日/フランス)挑戦もオーナーサイドは視野に入れているそうだ。

 大本命のいる牝馬に比べると、今春の牡馬クラシック(皐月賞→ダービー)は大混戦だ。年明けの主要なステップレースの勝ち馬はすべて異なる。きさらぎ賞(2月9日/京都・芝1800m)のトーセンスターダム(牡3歳)、共同通信杯(2月24日/東京・芝1800m)のイスラボニータ(牡3歳)、弥生賞(3月9日/中山・芝2000m)のトゥザワールド(牡3歳)、スプリングS(3月23日/中山・芝1800m)のロサギガンティア(牡3歳)。それら群雄がまさに割拠する"戦国模様"なのだ。

 こういう年は、どうしても勝ち馬に目が向きがちになる。しかし考えてみれば、圧倒的な存在がいないということは、連勝の確率も低い。つまり、勝ち馬同士の1、2着といった決着は、意外に少ないのである。

 ならば、牡馬クラシックでは、前哨戦で2、3着に敗れたとはいえ、可能性を秘めたレースぶりを見せた馬にもしっかりと注意を払いたい。さらに大事なことは、それぞれのステップレースの、レベルの評価を誤らないこと。終わってみれば、「前哨戦の○○組が上位独占」というケースが結構多いからだ。

 さて、3歳クラシックに比べると、古馬戦線はやや地味な印象がある。特に今年は、ジェンティルドンナをはじめ、ジャスタウェイ(牡5歳)やエピファネイア(牡4歳)など、主役となる面々が大挙して海外遠征を敢行。春のメインレースとも言える天皇賞・春に、現在の古馬一線級が顔をそろえないのは、残念でならない。

 それでも、ゴールドシップ(牡5歳)、フェノーメノ(牡5歳)、そしてキズナ(牡4歳)など、オルフェーヴル引退後の「王座」を狙う歴戦のGI馬たちが参戦。真の実力が問われる「淀の3200m」の舞台を制し、日本の頂点に君臨するのはどの馬か、必見だ。

 以上が今年の春競馬の大まかな見取り図となるが、その他、3歳混合、古馬牝馬、3歳以上混合と、各カテゴリーで行なわれる東京マイル(1600m)のGI戦、NHKマイルC、ヴィクトリアマイル、安田記念も、それぞれ激戦で注目される。

 ともあれ、古馬のビッグレースが多い秋競馬に比べて、春競馬は3歳若駒によるクラシックが最大の見どころ。そして、各々のレースはもちろんのこと、桜花賞からオークス、皐月賞からダービーといった過程で生まれる"ドラマ"にファンは酔いしれる。怒涛の快進撃なのか、はたまた奇跡の復活劇や逆転劇なのか、名馬の「物語」を紡ぐ"ドラマ"もまた、クラシックでは見逃せない要素だ。

 おまけに、春シーズンを通して流れる"テーマ"を見つけることも、ファンにとっては楽しみのひとつになる。

 例えば、昨年の春の"隠しテーマ"は、「兄弟騎手」だった。桜花賞をクリスチャン、皐月賞をミルコと、デムーロ兄弟が連勝すると、続くオークスでは幸四郎、ダービーでは豊と、武兄弟が連勝を飾った。「兄弟騎手」が"テーマ"だと気づくことができれば、少なくとも武豊騎乗のキズナをダービーで本命視することは、容易だったはずである。

 後智恵を言っても仕方がないが、不思議と流れる"テーマ"があるのが、春競馬の特徴ではないだろうか。

 古い話だが、1975年のクラシックでは、当時地味なローカル騎手だった菅原泰夫騎手が、テスコガビーで桜花賞とオークスを、カブラヤオーで皐月賞とダービーを勝ち、春のクラシック完全制覇を果たしたことがあった。今年も、そんな可能性を持った騎手がいる。全国リーディング首位(4月6日現在)を走るトップジョッキー、川田将雅騎手である。

 手綱をとるのは、牝馬がハープスター、牡馬はトゥザワールド。はたして、39年ぶりの"偉業"達成はなるだろうか。

 人だけではない。イスラボニータ、ロサギガンティアと、二頭の有力馬をクラシックに送り込んだ、フジキセキの血からも目が離せない。

 サンデーサイレンス産駒最初の種牡馬として、多くの活躍馬を出してきたフジキセキ。しかしながら、彼の産駒でクラシックを制した馬はいまだにいない。フジキセキ産駒は、今年の3歳馬がラストクロップ。最後の世代で"大玉"を出すことができるのか、注目だ。

 人でも、馬でも、春競馬には"流れるテーマ"が必ずある。それを聞き取ることが、春競馬の醍醐味と言えるかもしれない。

阿部珠樹●文 text by Abe Tamaki