商談も、時には世間話を交えつつ進めたほうが、次につながることが多い。(写真=PIXTA)

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世の中には、邪魔なもの、ムダなものだと思われているが、実際には役に立つもの、大切なものがある。

「雑談」はその1つの例であろう。雑談をしている時間は、ついつい「ムダ」なものだと思われがちだが、実際には大切な役割を担っている。

たとえば、取引先と打ち合わせをしたとしよう。1時間、始まりから終わりまで、ぴたりと仕事の内容を話し続ける。効率がいいようでいて、実は発展性がない。

冒頭の5分間でも、あるいは、要件が終わった後の10分間でも、関係のない世間話をする。そのことによって、相手の人間性がわかったり、思わぬ共通の知人が見つかったり、さまざまな背景知識が得られることが多い。

仕事の打ち上げで飲むのは、典型的な雑談の機会だろう。終わったばかりの仕事の反省をする、ということもあるけれども、そのうちに雑談になる。そのときに、「またやりましょう」とか、「今度はあそこで」とか、新しい仕事の種が見つかることは、実際に多い。

雑談は、セレンディピティ(偶然の幸運)が花開く土壌である。「A」ということを目的に行動していて、偶然別の「B」に出会い、それが人生に新しい展開をもたらす、というのがセレンディピティ。仕事でも、プライベートでも、雑談をすることが、セレンディピティへの道筋となる。

ところで、雑談は、まじめに考えてみると、大変奥深い。何しろ、事前に準備することができない。どんな内容が話題になるか、予想することができない。

「こんな話題を」と時事ネタを準備していくことはできる。しかし、相手の話の内容によっては、どんな方向に発展していくかわからない。予想外の方向に話が流れていっても、臨機応変、柔軟に対応できなければ、「雑談力」の高い人にはなれない。

雑談力を支えるのは、側頭連合野に蓄積されたさまざまな知識や経験。1つの話題から、どれだけ多くの関連した話題を「連想」することができるか。その点にこそ、雑談力が表れる。

つまり、雑談力を鍛えるためには、好奇心の強い人でなければならない。世の中の森羅万象、さまざまなことに、イキイキとした興味を持ち続ける。会話の中で、相手が発した一言に、眼を輝かせる。結局、雑談の成否は、過去の自分の好奇心の働きの、総合的な「通知表」であると言ってもよいのだ。

雑談には、隠れた大切な働きもある。すなわち、相手が考えていること、心の中で思っていることを「探り当てる」ということである。

仕事でも、プライベートでも、相手が今何を感じ、望んでいるかを知ることが大切である。さまざまな話題を振り、それに対する相手の反応を見ることで、気持ちを推測することができる。

雑談は、マジシャンやメンタリストが用いる「コールド・リーディング」の手法に通じるところがある。さまざまな話題を振り、相手の反応を見ることで、さりげなく、相手の真意を探る。やり手のセールスマンや、熟練したカウンセラーなどは、実質上のコールド・リーディングの手段として、雑談を用いる人が多い。たかが雑談、されど雑談。何気ない会話の中に、無限のコミュニケーションの可能性があるのである。

雑談は、1つのバロメーターでもある。話題がどう転ぶかわからない、一見ムダな雑談を楽しめる脳は、健康である。雑談がうまくいく人間関係は、良好である。雑談の「今、ここ」を楽しみたい。

(茂木 健一郎 写真=PIXTA)