東京都知事選に立候補を表明した細川護熙元首相(76)について、「佐川急便からの借入金(1億円)未返済疑惑が晴れぬままだ」などと報じられています。医療法人「徳洲会」グループからの5000万円裏献金疑惑で猪瀬直樹前都知事が辞任したことを受けておこなわれるだけに、「政治とカネ」の問題は都知事選の焦点の一つです。佐川1億円疑惑とは、いったい、どんなものだったのか―。

 細川氏は、肥後熊本藩主だった細川家の18代当主。新聞記者を経て、1971年6月の参院選全国区に自民党公認で立候補し、初当選。連続2期当選し、大蔵政務次官(当時)などを務めました。空前の金権腐敗事件、ロッキード事件で有罪判決を受けた田中角栄元首相の「門下生」で、82年2月、東京・目白の田中邸を訪問、元首相から「君、やれよ」とハッパをかけられ、83年2月の熊本県知事選に立候補、当選しました。

 県知事を2期務めた後、92年5月、日本新党を結成、再び国政に転じ、93年8月、「非自民」8党・会派連立政権で首相となった細川氏が、国会で追及され、94年4月、わずか在職263日で辞任することになったのが、今回、問題になっている佐川1億円疑惑です。

借金の2カ月前

 この1億円は、83年の県知事選の前年の82年9月に、細川氏が東京佐川急便から借り入れたというもの。当時、細川氏は、借りた目的について、東京・元麻布のマンション購入と、熊本市の細川邸の山門と土塀の修理に使ったと説明しました。

 ところが、日本共産党国会議員団と「しんぶん赤旗」の調査、追及で借金の2カ月前にマンションを購入していたこと、山門・土塀の修理が借金の1年も2年も後だったことがわかり、「佐川1億円」の使途が別のところにあった疑惑が濃厚になりました。浮上したのは、83年県知事選をめぐる裏献金疑惑です。

 同知事選では、4選をめざしていた現職知事との間で公認を得るための激しい市町村議・県議に対する工作合戦が繰り広げられました。本紙は、細川氏擁立のために奔走した選挙参謀や複数の県議から次のような証言を得ました。

カネがドーンと

 「細川氏の秘書から工作資金として何十万円、何百万円単位で金がいるといってもらっていたが、82年10月以降になると、カネがドーンときて、これ以降カネには苦労しなかった」

 「細川事務所の秘書が『選挙資金は潤沢にある。佐川清(佐川グループの総帥)からカネがきたから。それで、当座の選挙資金をつくった』といっていた」

 日本共産党は94年1月、国会で、公認決定をめぐって自民党熊本県連の5役会や常任総務会が開かれた時期と、佐川からの資金提供の時期が符合していることや、これら関係者の生々しい証言をもとに、「佐川マネーは知事選の工作資金ではなかったのか」と追及。細川氏は「知事選に備える必要もあり、借り入れの必要があった」と認めざるを得ませんでした。

 その後、細川氏は、同年2月、国会に、日付のない契約書や、押印もなく、発行者の名前も記載されていない1000万円の「領収書(控)」のコピーなどを提出、「完済した」としました。しかし、佐川側との間で「返済などの実務を担当した」という細川氏の“金庫番”だった秘書の証人喚問にも応じず、国会が空転。説明責任を果たさないまま政権を投げ出したのです。